「AIの資産化」が競争優位の源泉

 多くの企業ではすでにAI活用に取り組んでいるが、これを「AX」(AIトランスフォーメーション)へと引き上げるには、何が必要なのか。

 金氏は、企業のAI活用を支援している経験から、多くの企業に共通するAI投資の問題として「競争優位の創出という長期視点の欠落」を指摘する。試験的にAIを導入して小さくPDCAを回す段階では、短期的な成果へのプレッシャーが強くなりやすい。一方で、AIは日々進化しており、「半年や1年でPoC(概念実証)が無駄になる、あるいは当初は断念したことが、技術進化で実現できるようになっていることに気づかずにいる、といった状況に陥ってしまいます」と話す。

AIで日本のイノベーション不全は解消するのか自社データを競争優位に変える方法

 金氏は、経営目線でAI投資を「P/L(損益計算書)的投資」と「B/S(貸借対照表)的投資」に整理し、現状、日本企業の多くが「チャットボットやAIエージェントの導入で業務効率化を図り、短期回収を実現しようとする『P/L的投資』に偏っています」と指摘する。だが、AIの基盤技術が加速度的に進化し続ける中では、そうしたアプリケーションは早期に陳腐化する、もしくは代替されるため、資産にならないのが実情だ。

 そこで金氏は、B/S的思考に立ち、「基盤技術の進化に影響されない領域への投資」によって競争優位を生み出す構造を構築することが重要だと説いた。「基盤技術の進化に影響されない領域」とは、アプリケーションやロボットを下支えする仕組みを指す。その代表例が自社特化型AIモデルの構築だが、「モデルそのものより、自社データ、評価データ、修正ログ、業務フィードバックを蓄積し、基盤モデルが変わっても使えるAI資産にすることが、中長期的な競争力を高めるために重要です」と金氏は言う。

 この「中長期的な競争力」を高める次の領域として、金氏はロボットの頭脳として注目される「フィジカルAI」に言及した。現行の生成AIは言語処理には優れているが、工場の熟練職人が持つ「バルブを閉める際の微妙な感覚」といった暗黙知は言語化が難しく、AIに学習させるのは容易ではない。金氏らはその領域に切り込み、暗黙知をAIに学習させる研究に企業と共同で取り組んでいるという。

 フィジカルAIの核となる「世界モデル」(物理法則を再現・理解できるAIモデル)や「ロボット基盤モデル」(あらゆるロボットの基本制御を理解したAIモデル)は、現在のAI研究における主要テーマの一つ。金氏も「チャレンジングな領域ですが、私たちも研究活動を続けていきたい」と力を込めた。

 AI活用をAXへと進化させる最後の論点として、金氏はあらためて「自社データの資産化」について言及し、それがどんな影響を及ぼすのか、2つの具体例を挙げて説明した。

 一つは、AIエージェントの接客能力だ。買い手・売り手の双方がエージェントを持ち、商品選びから価格交渉、決済までを自律的に完結させる「エージェントエコノミー」の時代が到来した場合、「『返答の筋のよさ』『返答リードタイムの短さ』『逆質問の少なさ』という3要素で劣るエージェントは市場で淘汰されます」と金氏。その能力を高めるには、「自社データを資産化し、エージェントに学習させる必要があります」と語る。

 もう一つは、特化型LLMの優位性だ。ChatGPTなどの汎用モデルを使い続ける限り、性能の進化に応じてモデルシフトを行うたびに、社内システムやプロンプトのつくり直しが生じる。

 一方、自社特化型モデルを構築し、自社データで継続的に学習させていくと、回答の精度が向上するだけでなく、日々の修正が「資産」に変わっていく。ただし、自社特化型LLMが汎用モデルより常に優位になるとは限らない。重要なのは、RAG、ファインチューニング、評価基盤、業務ログ蓄積などの組み合わせだという。データを収集するだけでなく、評価データ、修正ログ、業務フィードバックを蓄積していく中で、優位性につながる「AI資本」が貯まっていく。

 こうしたシナリオを提示し、「自社データを学習させてAIそのものを資産化していくことが、AX時代の競争力を左右する重要なポイントになります」と金氏は結んだ。