オウムの教えでは、親子の情愛は、現世への執着だとされ、否定されていた。幼い子にとって親から離れることは、つらい経験のはずだが、加奈さんにその記憶はない。
「母親は母親で、どこか別の場所で修行を頑張っているはず。離れて修行することが、親として頑張ることだと思っていました。教団の中で会えば、名字で呼んでいました」
教団の中で、子どもたちは「子ども班」をつくっていた。
面倒を見ていたのは「お世話係」と呼ばれる大人だった。「学校の先生」というイメージで、特別親身に世話を焼いてくれるわけでもない。子どもににらみがきくような「怖い人」がなることが多く、いつも「修行しなさい」「ご飯を食べなさい」と命令口調だった。
一方で、お世話係の大人の中に、自分の子どもと親しげに会っている人がいると、「修行を頑張っていない」と見下した。実の親と子どもは離れて暮らしたほうが、徳が高いと思っていたからだ。
親が近くにいない以上、食事や掃除といった身の回りのことは自分でするのが当然だった。親に会いたいなど、絶対に口に出してはいけない。そんな生活を送っていた加奈さんは「少し大人びた子どもだった」と自覚している。こうした幼い頃の経験は、後々、社会に戻って母親と2人で暮らし始めたときに、葛藤や衝突を生み出すことになる。
自由気ままに遊んで暮らす
教団内での生活は楽しかった
教団内での生活は楽しかった。一時期、学校に通ったこともあったが、教団の道場にいるほうがずっと気が楽だった。学校に行っても、同級生からは好かれず、距離を取られているように感じたからだ。
「服が汚れていたり、お風呂に入らなかったりしたせいかな」
オウムにいれば、同じ境遇の同年代の子どもたちがたくさんいる。教団の外でうるさく言われるような、身だしなみやルールなど何もない。自由気ままに遊んで暮らすことができた。
それでも教団には、教育らしきものもあった。算数や英語のほか、調理実習ではクッキーを焼くこともあった。加奈さんが特に印象に残っているのが、パソコンを使った算数のゲーム。数式を解いていくと、敵を倒せるというRPG(ロールプレイングゲーム)のような形式で、のめり込んだ。ゲームを進めるごとに難易度は上がり、最後には高校生レベルの三角関数の問題が登場した。だから、算数・数学は得意だったと自負している。







