しかし1950年に朝鮮戦争が勃発したことで鉛の価格が高騰。またガソリンの統制が解除されたことで電気自動車からガソリン車に入れ替わっていきました。
東京電気自動車が開発した「たま」。日本機械学会「機械遺産」に登録されている
オイルショックが再点火したEV開発の火
1970年代に発生したオイルショック以降、自動車メーカーはEVの研究開発を進めていきます。日産は1985年に開催された第26回東京モーターショーにコンセプトカー「EVリゾート」を出品。これは高原のリゾートホテルなどで、ホテルとコテージの間を移動する送迎車としての用途を想定したものになります。
日産 EVリゾート(広報写真)
そして1987年の東京モーターショーではマーチをベースに開発した「マーチ EV-2」を参考出品しています。
日産 マーチEV-2(広報写真)
90年代、リースプログラムで実用化へ
90年代もモーターショーにおいてEVのコンセプトモデルを出品。そして90年代後半になると将来の実用化に向けて地方公共団体などへのリースプログラムが動き出します。
1997年2月、世界初のリチウムイオンバッテリーを採用した電気自動車として「プレーリージョイ EV」のリース販売を開始。同年12月のロサンゼルス・オートショーでは新型電気自動車「アルトラEV」を発表し、カリフォルニア州の官公庁や法人向けにリース販売を開始しました。
プレーリジョイEV(広報写真)
2000年代に入ってもさまざまなEVのコンセプトカーやテスト車両を公開。そして2010年末、量産EVである初代リーフが発表されました。初代リーフの発売から15年以上。しかしEVにはさらにもっと長~い歴史があるのです。
(AD高橋)







