評価を基準にすることで
失われる「豊かさ」もある
僕はずっと学校が苦手でしたが、大学に進学して初めて「学ぶことの楽しさ」を知りました。好きだった考古学を専攻し、西アジア史や美術史など、考古学以外にも興味のある講義を自由に受講しました。その楽しさの延長線上に研究活動があるのだと思い、大学院進学を目指したのです。
ところが大学院に入ると、ゼミでは各自の研究に対して厳しい評価の眼差しが容赦なく注がれました。今振り返れば、それが僕の研究活動の質を一定程度担保してくれたのだと思いますが、当時の僕はただ苦しく、その評価の重圧に押しつぶされそうになっていました。
『資本主義を半分捨てる』(青木真兵 ちくまプリマー新書、筑摩書房)
そんな中で藁にもすがる思いでたどり着いたのが、当時神戸女学院大学で教鞭をとられていた内田樹先生のゼミでした。そこには年齢や職業、立場の異なるさまざまな人びとが集まっており、先生が一方的に評価するのでもなく、学生同士が優劣をつけ合うのでもありませんでした。
むしろお互いの関心を認め合う雰囲気が自然に生まれていて、「知」は大学院という狭い制度の中に閉じ込められるものではなく、多様なあり方を持ちうるのだと知った僕は、大きな衝撃を受けました。
要するに、僕は大学院生時代に「学校的な場」と「脱学校的な場」とを行き来していたのです。確かに、一定の評価基準が定まった場で鍛錬を積むことで得られる力もあります。
しかし同時に、評価を基準にしてしまうことで失われる豊かさもある。人間の中には数値化して測ることができる側面と、決して数値化できない側面の両方が含まれています。だから僕はどちらか一方ではなく、その両方が必要だと感じています。







