反日は「対日政策」ではなく「国内政策」
韓国政治において、反日は単なる対日感情ではない。とりわけ進歩(革新)派にとって、反日は「対日政策」というより、ほとんど「国内政策」であった。
「あの保守政治家は親日だ」と言えば、相手を道徳的に失墜させることができる。日本との関係をどうするかという外交論ではなく、国内の政敵を「民族の裏切り者」として攻撃するための政治言語だったのである。
これは強力な装置だった。韓国では「親日」という言葉が、単に日本に友好的という意味ではなく、植民地支配への協力者、民族を売った者という歴史的烙印と結びついている。そのため、政治家、官僚、知識人、メディア人にとって、「親日」と呼ばれることは大きなリスクだ。
ところが、その装置がいま、明らかに効きにくくなっている。理由は単純である。国家や学校やテレビが、従来の日本像を独占できなくなったからだ。
韓国の歴史教育から、日本統治、独立運動、慰安婦、徴用、竹島といったテーマが消えたわけではない。独島教育も制度として残っている。韓国の若者は反日教育の影響を明らかに受けている。
変わったのは、教育内容そのものよりも、情報環境である。
若者はYouTube、TikTok、Netflix、アニメ、ゲーム、旅行、SNSを通じて、教科書とは別の日本像に日常的に接している。日本はもはや「加害国」という政治的記号だけではない。週末旅行や食べ歩き、街歩きの対象でもある。
学校で歴史問題を学びながら、日本旅行に行き、日本のアニメを見て、日本人には好感を持つ。歴史認識と生活実感が分離し始めているのだ。
「ノー・ジャパン」で浮き彫りになった韓国人の本音
この変化は2019年の「ノー・ジャパン(NO JAPAN)」運動で浮き彫りになった。
当時、日本政府による対韓輸出管理の見直しを契機に、韓国国内では日本製品不買運動が広がった。ユニクロ、無印良品、アサヒビール、日本旅行などが標的となり、街には「ノー・ジャパン」のロゴがあふれた。
日本製品を買う人を非難する同調圧力が強まり、ユニクロで買い物をした人が人目を気にするような雰囲気も生まれた。その一方で、日本のアニメ映画は韓国でヒットし、日本のコンテンツは若者の間で消費され続けた。
不買は「全面的な日本拒否」ではなく、「公の場やSNSなどで反日を拒否して見せるパフォーマンス」に過ぎなかった。
韓国の反日は、基本的に政治家の発言、デモ、学校教育、テレビ報道などの公的空間で表現される。他方、私的空間では日本製品を買い、日本旅行に行き、日本文化を楽しむ。
それらは韓国社会の主流ではないが、「反日が倫理」という空気は明らかに崩れ始めている。







