K-POPが変えたナショナル・アイデンティティ
反日感情の根には、歴史的怒りだけでなく、屈辱感もあった。
「日本に植民地支配された」という記憶は、単なる過去の出来事ではない。韓国のナショナル・アイデンティティの重要な構成要素であり、日本に対する複雑な劣等感とも結びついた。
この構造を大きく変えたのが、K-POPなどの国際的成功である。
韓国の若者にとって、かつて日本やアメリカの文化は受け取る側だった。ところが、BTSやBLACKPINK、韓国ドラマや韓国映画の成功によって、韓国は「世界に文化を売る国」になり、大きな自信となっている。こうなると、被害者アイデンティティに固執する政治的誘導は効きにくい。
韓国の大衆音楽には、日本統治期のトロット、解放後の米軍文化、1990年代以降のアメリカ型ダンスミュージック、ジャニーズや宝塚歌劇団のノウハウを発展させた訓練システムなど、日米の影響が色濃くある。K-POPももともとはJ-POPとの対比で理解されたが、現在は独自の音楽スタイルとして確立している。
その自信が若者を反日感情から自由にしている面がある。しかし、それによって韓国人のナショナル・アイデンティティが完全に安定したと見るのは早計だろう。
「ヘル朝鮮(=地獄の韓国)」という言葉が示すように、韓国社会は苛烈な競争、格差、住宅難、就職不安、少子化、孤立に苦しんでいる。
近年では韓国国籍を放棄する人が年平均で約2万人に上るとも報じられている(韓国法務部統計による国籍喪失・離脱の合計)。文化的自信と社会的疲弊が共存する二重構造が進んでいるのだ。
「反日」を維持したいのは誰か
そうは言いながら、韓国の反日活動は相変わらず続いている。これほど対日感情が変化しているにもかかわらず、なぜ根強いのだろうか。
端的にいえば、反日によって利益を得る人々がいるからだろう。だからこそ、教科書では歴史問題をいびつなほど強調し、報道しつづける。
特に革新系政治家はその典型だ。上述したように、彼らにとって反日は、保守派を攻撃する道具である。「親日」というレッテルは、政策論争を道徳裁判に変える道具である。
それどころか、保守派政治家も反日を利用することがある。典型的なのは、保守派といわれる李明博(イ・ミョンバク)大統領が2012年におこなった竹島(韓国名・独島)上陸だろう。政権が追い詰められたとき、反日は左右を問わず、正統性を演出するためのカードになる。
もう一つは市民団体だ。特に慰安婦問題をめぐる一部団体は、反日を運動資源として維持してきた。正義記憶連帯(旧挺対協)の前代表だった尹美香(ユン・ミヒャン)氏が、寄付金横領や補助金不正受給などで有罪が確定した事件は、その構造を象徴している。
尹氏について決定的だったのは、これを告発したのが元慰安婦の李容洙(イ・ヨンス)氏だったことだ。被害者を支援するはずの団体が、被害者を政治的資源として利用していたのではないかという疑念が、韓国社会の中から噴き出したのである。
ここに「既得権益としての反日」の本質がある。問題が解決されると、既得権益は消失する。だからこそ問題を解決させないのである。被害者を救済するのではなく、被害者を象徴として固定し、政治的動員に使い続ける。批判する者には「親日派」のレッテルを貼り、不正を指摘するコストを高める。
反日は、もはや純粋な被害者感情だけで維持されているのではない。反日を職業化した人々の利益によっても維持されているのである。







