かつて世界中で猛威を振るい、現代でも再び感染拡大が問題視されている「梅毒」。この病の本当の恐ろしさは、感染から何十年も経った末期に、人間の「脳と人格」を徹底的に破壊していく点にある。しかし、精神科病院を埋め尽くしたこの「謎の奇病」の真犯人を突き止め、医学界の常識を根底からひっくり返した人物は、“誰もが知る日本の偉人”であった。
元オックスフォード大の医学研究者であり、「糖と脳」の専門家である下村健寿氏の著書『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』から、その答えを紹介しよう。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・石井一穂)
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脳と人格を破壊する「梅毒」解決の功労者
――じつは「千円札の顔」として知られるあの偉人が、救世主だった。
梅毒は、かつて世界中で猛威を振るった感染症だ。
その本当の恐ろしさは、感染初期の症状だけでなく、何十年も経ってから現れる「末期の症状」にあった。
進行した梅毒は脳を侵し、「進行麻痺(梅毒性精神麻痺)」と呼ばれる恐ろしい病態を引き起こす。
その状態になった患者は、記憶力や判断力が著しく低下し、幻覚や妄想に苦しみ、人格が崩壊していく。
その変貌ぶりは、まるで「悪魔に憑かれた」かのような症状になり、当時の医師たちはなす術がなかった。
この病の解決につながる、奇跡のような発見を成し遂げた偉人こそ、誰もが知る「野口英世」だ。
黄熱病の陰に隠れた、野口英世の「もう1つの偉業」
――世間のイメージを覆す、野口英世の「医学界を変えた」知られざる発見。
元オックスフォード大の医学研究者であり、医師としても活躍する「糖と脳」の専門家である下村健寿氏は、著書『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』で、野口の偉業についてこのように解説している。
この謎に満ちた病の真の原因を突き止めたのが、野口英世でした。
1913年、彼はニューヨークのロックフェラー医学研究所で、進行麻痺で亡くなった患者の脳組織を徹底的に調べ上げました。そして、ついにその脳の中から、梅毒の原因菌である「梅毒トレポネーマ」を発見したのです。
――『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』より
野口英世と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、黄熱病の研究だろう。
しかし、彼の数ある業績のなかでも、医学史において最も画期的であり、脳と精神の理解に決定的な光を当てたのは、じつは「梅毒」の研究だったのだ。
狂気をもたらす病の正体が、脳のなかに潜む「たった一つの細菌」だった。
この発見は、当時の医学界に大きな衝撃を与えた。
これは単に感染症の原因菌を見つけたという以上の意味を持っていたからだ。
野口の発見は、感染症が身体の病態だけでなく、脳に器質的な変化(物理的な損傷)を引き起こし、それが直接、精神症状や人格の変化までを左右するという、画期的な事実を世界に示したのです。
――『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』より
それまでの人類は、心が狂ってしまう原因を「目に見えない魂の病」や「心の問題」として片付けようとしていた。
そこに野口は、「脳という物質の破壊(物理的なダメージ)が、精神の崩壊を生んでいる」という事実を突きつけたのだ。
脳の健康は、「精神の健康」にも直結する
――心が狂うのは「魂」の問題ではない。
下村氏は野口のこの発見を、医学のパラダイムシフトが起きた瞬間として捉え直してみてほしいと言う。
目に見える物理的な原因がわかったからこそ、のちの精神医学は一歩前へ進むことができるようになったからだ。
野口英世の梅毒研究は、感染症が脳に与える影響、そして脳の健康が精神の健康に直結するという事実を示し、現代の神経科学や精神医学の基礎となる重要な知見となりました。脳と精神の深い関係を病理学的に証明したこの研究こそが、彼の最大の、そして最も脳科学に貢献した業績と言えるでしょう。
――『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』より
この発見こそが、現代の私たちが「脳を物理的に守ること」の重要性を教えてくれる、最も本質的な教訓だ。
私たちの思考や感情、人格といった「心」のすべては、脳という臓器の健康状態によって左右される。
文字どおり、脳が物理的にダメージを受ければ、人間そのものが変わってしまう。
この「病気と脳と精神の深い関係」を世界で初めて病理学的に証明したこと。
これこそが、下村氏が野口の梅毒研究を「彼の最大の、そして最も脳科学に貢献した業績」と言い切る理由だ。
(本稿は、『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』の内容を引用して作成した記事です)
福島県立医科大学卒。同大副理事、医学部病態制御薬理医学講座主任教授。現役内科医でもある基礎医学研究者。日本糖尿病学会東北支部学術評議員。日本内科学会認定内科医。医学博士。群馬県前橋市出身。2004年、日本で働いていた大学医学部から、英国オックスフォード大学への就職を試み、執念の就職活動を実らせて成功。オックスフォード大学正式研究員として、世界を代表する生理学者フランセス・アッシュクロフト教授の薫陶を8年間受けた。その間、新生児糖尿病治療法の発見という世界的快挙に貢献。新生児糖尿病の最重症型であるDEND症候群の脳神経症状治療有効例を報告した論文は米国神経学会誌「Neurology」よりEditorial論文に選出された。貢献を認められて2006年と2010年にオックスフォード大学メリット賞を2度受賞。日本帰国後は、新生児糖尿病に加えて肥満・2型糖尿病などの生活習慣病について、インスリン分泌や脳機能の観点から研究している。








