1958年にはスウェーデン郊外に北欧最大級の家具店舗をオープンします。

 イケアの最大の特徴である安さの理由は、商品のピックアップや運搬、組み立てをすべてお客さんが自分でやるシステムにあります。巨大な倉庫から自分で家具を探してカートに載せ、家に持ち帰って組み立てる。これがコスト削減につながっているわけです。

 旧来のビジネスモデルではコストになっていた部分を、イケアでは「DIY(Do It Yourself)」という週末の楽しみに変えました。「DIYって楽しいし安く済むよね!」という価値観を商品とセットで提供しているのがイケアなのです。

日本の狭い住宅事情に
合わせてリブランディング

 イケアの日本進出は、実は「一度目の失敗(撤退)」と「二度目の成功(再進出)」という劇的なプロセスを経ています。

 1974年に一度日本に上陸し、1986年に撤退しているのです。失敗の要因は、欧米仕様の巨大な家具をそのまま持ち込み、日本企業にライセンス提供する形をとったことにありました。

 当時の日本人の家具への欲望は、まだ「高級婚礼家具」や「ブランド志向」にあり、イケアの「自分で組み立てる安価な合板家具」は、「安っぽくて面倒なもの」と映り、ステータス欲求を充足できませんでした。

 2006年の千葉県船橋市への再進出にあたり、イケアは「日本の家庭訪問」を徹底的に実施しました。そこで、日本人の「家が狭い」「収納がない」という悩みを、「欲望(理想)」に変換しました。

 狭い部屋を賢くおしゃれに使うライフスタイルを提案したのです。ショールームで「6畳一間の暮らし」を具体的に展示することで、日本人が諦めがちだった「おしゃれな生活」への欲望に火をつけました。

 つまり、異文化の輸出ではなく、狭い日本の住居の収納課題の解決策という形でイケアをプレゼンしたのです。そこには日本人の住環境や「欲望」の変化を読み解くための非常に重要な示唆が含まれています。

「製造-物流-小売」を
一手に引き受けるニトリ

 一方、ニトリの創業者・似鳥昭雄は、1970年代にアメリカに視察に行った際、家具の価格に驚きます。日本の3分の1の値段で、部屋全体がトータルコーディネートされていたのです。