Photo:PIXTA
いまや日本人にとって当たり前の存在となったコカ・コーラ。しかし、戦後間もない日本では「色が黒くて不気味」「薬のような味がする」と敬遠する人も少なくなかった。そんな逆風の中で、その可能性を信じ、日本市場への定着に奔走した実業家がいた。コカ・コーラはどのようにしてアメリカ生まれの「異質な飲み物」から、日本人の日常に欠かせない存在へと変わっていったのか。その舞台裏をたどる。※本稿は、経済学者の坂出 健『贅沢と欲望の経営史 あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
もともとは頭痛などを緩和する
興奮薬だったコカ・コーラ
コカ・コーラの物語は、19世紀後半のアメリカにおける急速な社会変化から始まります。南北戦争後、アメリカは工業化と交通革命を進め、農村社会から都市社会へと移行しました。
この変化に伴い、人々は心身に不調を感じることが多くなり、神経性障害やストレス性疾患が広がることとなります。
この時期、売薬のブームが起こり、ドラッグストアで手軽に手に入る「治療薬」が人気を博していました。
コカ・コーラの開発者、ジョン・ペンバートン博士は、かつてペルーやボリビアの先住民が使用していたコカの葉や、ガーナの先住民が利用していたコラの木の実を使った薬用ワインを開発しました。
これをもとに1885年頃開発したのがコカ・コーラです。
コーラとは、現在では炭酸飲料の代名詞のようになっていますが、もともとは「コーラの実(Cola nut)」という植物のエキスを用いた飲み薬で、コカ・コーラの他にペプシコーラ、RCコーラ、ドクターペッパーなどのブランドがあります。
当初、コカ・コーラは頭痛や憂鬱の緩和、消化不良の改善を効能とした興奮薬として販売されていました。







