当時の日本は、家具屋さんの多くが個人経営で、仕入れも少量のため、価格を決めるのはメーカーや問屋側でした。しかしアメリカでは、小売店が全国展開していて仕入れ量も多く、自分たちで商品や価格をコントロールできていたのです。製造から小売りに価格主導権を移動させる、これが現在のニトリの成功を作った原動力です。
似鳥はこの価格主導権を軸に、「いいものを、もっと安く」と考えるようになります。実際にニトリは、「製造-物流-小売」まで一気通貫して自社で行うビジネスモデルを採用しました。
インドネシアやベトナムの工場で自分たちの企画通りの家具を大量に生産し、それを日本全国に届けています。つまり、ニトリは「自分たちで作って、自分たちで売る」タイプのビジネス。だから「お、ねだん以上。」というキャッチコピーにも説得力があるのです。
ニトリを模倣した大塚家具は
本来の強みを失ってしまった
最後に紹介するのが、大塚家具です。1969年に大塚勝久が創業したこの会社は、もともと「高級路線」で有名でした。
広々としたショールームには、実際の部屋のようなレイアウトがいくつもあって、「ちょっと背伸びした買い物」を楽しむ新婚夫婦や、富裕層がメインのお客さんでした。店は会員登録制で、訪れた新規顧客に百戦錬磨の接客員が張り付き、ゴージャスな雰囲気の中でワンランク上の家具を成約させました。
『贅沢と欲望の経営史 あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか』(坂出 健、光文社)
ところが2000年代に入り、イケアやニトリといった「安くて気軽」な家具店が急速にシェアを拡大し、大塚家具の高級路線は行き詰まります。
そんな折、2009年に大塚勝久の娘・久美子が社長に就任し、「気軽に入りやすい店にしよう」と経営戦略を転換。会員制をやめ、店舗の雰囲気もカジュアルに変えていきます。
しかし、この改革はうまくいきませんでした。郊外の大型店ではニトリとバッティングして客数が半減し、都市部の店舗では来店者は増えても売上につながりませんでした。
大塚家具の本当の強みは「高級感」や「特別な接客」だったのに、そこを捨ててしまったからです。ニトリの土俵で戦ったら、価格でも手軽さでも勝てるわけがなかったのです。「カジュアル路線にすれば市場を取れる」という戦略仮説が、根本的に間違っていたのです。
ブランドとは、単に「名前」や「高そうなイメージ」ではなく、その企業が積み重ねてきた哲学と、顧客との信頼関係そのものなのです。







