ここで「メモリ」について簡単に整理しておこう。メモリとは、データを記憶するための半導体だ。キオクシアが手がけるのは、そのなかでも「NAND型フラッシュメモリ」と呼ばれる種類で、電源を切ってもデータが消えないのが特徴である。スマホやパソコンの保存領域、SSD、USBメモリなどに使われる、いわば“データの保管庫”だ。ただし、メモリは長らく、コスト削減のための調整弁のように扱われてきた。内藤証券の高橋俊郎さんは、こう振り返る。

「キオクシアホールディングスの上場時、メモリそのものが人気のない分野でした。パソコンとスマホの時代には、端末を高性能にしようとすると真っ先に削られるのがメモリ。データはクラウドに移していけばいい、という発想でしたから、強い需要は期待されていなかったのです」(高橋さん)

 つまり当時のメモリは、「できるだけ安く抑えるべき部品」であり、積極的に増やす対象とは見なされていなかった。だからこそ、それを専業とするキオクシアの将来性も低く見積もられていたのである。

 そもそもキオクシアホールディングスの生い立ちは、波乱に満ちている。NAND型フラッシュメモリは、1987年に東芝が世界で初めて発明・製品化した、日本が誇る技術だ。つまりキオクシアは、その“発祥の地”を受け継ぐ会社にあたる。転機となったのは、親会社だった東芝の経営危機だ。2015年に発覚した大規模な不正会計問題と、その後の米国の原子力事業における巨額損失で東芝の業績は急速に悪化し、一時は会社の存続すら危ぶまれた。その穴を埋めるため、虎の子だったメモリ事業を手放さざるを得なくなったのである。2018年、東芝のメモリ事業は、米投資ファンドのベインキャピタルが主導する企業連合へ約2兆円で売却された。経営危機で揺れた東芝が切り離した事業が、キオクシアホールディングスの原点である。

 2019年に「東芝メモリ株式会社」から「キオクシア株式会社」に社名変更。2024年12月、キオクシアホールディングスが上場を果たした。最終的な支配株主はベインキャピタルだが、経営は日本人経営陣が担い、巨額の設備投資を続けながら、地道に力をたくわえてきた。現在のキオクシアは、NAND型フラッシュメモリで世界上位の一角を占める。また、韓国のサムスン電子(005930)SKハイニックス(000660)、米国のマイクロン・テクノロジー(MU)などと並ぶ世界のトップメーカーだ。

流れを変えたのは生成AIの登場
格下のメモリが主役になった!

 流れを変えたのは、生成AIだった。2022年11月、対話型AI「ChatGPT」が登場すると、まず脚光を浴びたのがエヌビディア(NVDA)のGPUだ。もともとは画像処理用に開発された半導体だが、膨大な計算を一気にこなせるため、いまや“AIの頭脳”として欠かせない存在になっている。投資マネーはそこから、半導体製造装置やデータセンター関連へと広がっていった。だが、キオクシアの出番が来るのは、もう少し後だ。

 楽天証券経済研究所の今中能夫さんは、「本当の地殻変動は、2025年後半から今年にかけて起きました」と語る。その主役が、企業の仕事の現場に入り込み始めた「AIエージェント」だ。人が細かく指示しなくても、AIが自ら考え、段取りを組み、業務を進めていく。AIは単なる便利な道具から、仕事を代行する存在へと変わり始めている。ここで押さえておきたいのが「推論」だ。AIが質問を受け取り、学んだ知識をもとに答えを導き出す処理のことである。従来のチャット型AIなら、利用者が一つ質問を入れ、AIが一度考えて答えれば、それで終わりだった。ところがAIエージェントは違う。

「AIエージェントは、一つの指示に対して複数の推論を発生させます。しかも答えが手元になければ、自分で外部のデータベースやウェブを検索しにいく。この過程で、これまで考えられないほど大量の計算が発生するようになったのです」(今中さん)

 たとえば「この資料を作って」と頼むだけで、AIは必要な作業を分解し、情報を集め、構成を考え、文章にまとめ、さらに見直す。その一つひとつのステップで「推論」が発生する。たった一つの指示から、何十回もの計算が連鎖的に生まれるのだ。大量の計算は、そのまま大量のデータの出し入れを生む。AIが扱うデータ量も爆発的に膨らみ、従来のメモリだけでは容量も処理速度も追いつかなくなった。そこで重要性が一気に高まったのが、大量のデータをいったんSSDにため込み、AI半導体との間で高速にやり取りする使い方である。

 SSDとは、データを保存しておく記憶装置のことだ。その中核に使われているのが、キオクシアが得意とするNAND型フラッシュメモリである。NANDは、電源を切ってもデータが消えない「不揮発性メモリ」の一種で、大量のデータを比較的安く、大容量で保存できるのが強みだ。スマホやパソコンの保存領域、USBメモリ、データセンター向けSSDなどに幅広く使われている。いわば、AIが扱う膨大なデータの“保管庫”である。

 従来、メモリ市場で主役として注目されてきたのは、もう一種類のメモリであるDRAMだった。DRAMは、計算中のデータを一時的に置く超高速メモリで、データを長期保存するSSDより“格上”と見られてきた。なかでもAIブームで脚光を浴びたのが、DRAMを縦に積み重ねて高速・大容量化した「HBM」である。エヌビディアのGPUと組み合わせて使われるため、SKハイニックスやサムスン電子など韓国勢は、このHBMで一気に存在感を高めた。

AIエージェントの普及で
SSDの需要が急拡大している!

 だが、AIの用途が「学習」から「推論」へ広がるにつれ、状況は変わり始めた。AIエージェントが普及し、AIが何度も考え、検索し、データを読み書きするようになると、計算中に一時的に使うDRAMだけでなく、膨大なデータを保存し、高速に取り出すSSDの重要性が急上昇したのだ。

「これまでシステムの中では、SSDはDRAMより“格下”と見られていました。それが今や、両者の重要性が並ぶまでに。場所によってはSSDのほうが重要だ、という状況になったのです」(今中さん)

 しかも、今後の成長率で見れば、SSDの伸びはDRAMを上回る可能性がある。AIサーバーでは当初、HBMの不足が注目されたが、今後は「推論」の拡大によって、高速SSDの需要がより大きく膨らむとみられている。つまり、これまで脇役だったSSDが、AI時代の主役の一角へと躍り出ようとしているのである。この流れの中で、キオクシアの強みが生きてくる。内藤証券の高橋俊郎さんは、競合との違いをこう指摘する。

「サムスン電子やSKハイニックスは、収益性の高いHBMに経営資源を振り向けてきました。その分、次世代NANDの開発では出遅れた面があります。一方、キオクシアはNAND専業に近い会社として、技術開発を集中してきた。そこが今、強みに変わっているのです」(高橋さん)

 実際、キオクシアはエヌビディアと、データの読み出し速度を従来比で大幅に高める新型SSDの開発で連携している。AIサーバーでは、GPUがいくら高速に計算できても、必要なデータを素早く読み出せなければ性能を十分に発揮できない。そこで、GPUとSSDの間でデータを高速にやり取りする技術が重要になる。

「今のAI半導体の世界では、エヌビディアが事実上の標準を握っています。そのエヌビディアと組んで高速SSDを開発していることは、キオクシアにとって大きな意味があります」(高橋さん)

 長らく、真っ先に削られる存在だったメモリは、AIの普及によって評価を一変させた。なかでもキオクシアが手がけるSSDは、AIエージェントやフィジカルAIの広がりとともに、HBM以上の成長余地を秘める分野として注目され始めている。

赤字企業が一転、営業利益率が約6割に!
市場が息をのんだ“異次元の決算”

 この変化は、キオクシアホールディングスの四半期決算にもはっきり表れ始めている。2026年3月期の第3四半期(2025年4~12月)までの累計では、売上収益1兆3348億円で前年同期比1.8%減、営業利益2736億円で同34%減。数字だけ見れば、まだ減収減益だった。

 すべてが一変したのは、第4四半期(2026年1〜3月)である。この四半期だけの売上収益は1兆29億円と前四半期比84.5%増、前年同期比では2.9倍に急拡大。営業利益は5968億円と、前四半期の約4.2倍、前年同期の約16倍に跳ね上がった。売上高営業利益率は59.5%だ。わずか1四半期で、前期通期の営業利益を上回るほどの爆発的な伸びだった。

 牽引役は、NAND型フラッシュメモリの販売単価の急騰だ。第4四半期(2026年1〜3月)の販売単価は前四半期比で2倍超に上昇した。一方、出荷容量は約10%減っている。つまり、旺盛なAIサーバー向け需要を受けて、NAND市場の需給逼迫が業績を押し上げたのだ。今中さんは、この変貌をこう表現する。
「1年半前まで赤字に沈んでいた会社が、今は天国——それも最上階の天上界です。地獄から、一気に駆け上がった」(今中さん)

 勢いは今後も続く見通しだ。2027年3月期第1四半期(2026年4〜6月)の会社予想は、売上収益1兆7500億円、営業利益1兆2980億円、当期利益8690億円。前年同期比では、売上収益が5.1倍、営業利益が28.9倍に膨らむ計算になる。両アナリストは口をそろえる。「この銘柄は、四半期ごとの伸びを追うべきだ」と。

キオクシアの売上高営業利益率の推移キオクシアの四半期業績をたどると、2026年3月期は第3四半期までの累計では前年割れだった。ところが、AIサーバー向けSSDの需要が爆発した第4四半期に状況は一変する。2026年1〜3月期だけで通期最高益を押し上げるほどの利益を稼ぎ出し、売上高も営業利益、利益率もそれまでとは別次元の水準へと跳ね上がった。
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世界の巨人と比べれば、まだ3分の1!
時価総額が映す、株価の“伸びしろ”

 では、キオクシアホールディングスの株価はここからどこまで伸びるのか。そのヒントになるのが、世界のメモリ大手との「時価総額の差」だ。比較対象として最も参考になるのが、米マイクロン・テクノロジーである。2026年6月23日時点の時価総額は約1.36兆ドル、1ドル161円換算で約220兆円。AIメモリ特需を取り込み、巨大企業へと成長している。対するキオクシアホールディングスは約50兆円。日本企業のトップに立ったとはいえ、マイクロンの3分の1にとどまる。

 もちろん、業績規模にはまだ差がある。マイクロンの直近四半期(2025年12月〜2026年2月期)の売上高は238億ドル、1ドル161円換算で約3.8兆円。営業利益は161億ドル、約2.6兆円だ。一方、キオクシアホールディングスの2026年1〜3月期の売上収益は約1兆円、営業利益は5968億円。売上高と営業利益はマイクロンの約4分の1にとどまる。

 この差の大きな理由は、製品構成にある。マイクロンやSKハイニックス、サムスン電子は、AI向けの超高速メモリ「HBM」やDRAMを手がけ、いま最も利益が出やすい分野を押さえている。一方、キオクシアの主力は、データを保存するNAND型フラッシュメモリとSSDだ。現時点では、HBMを持たないぶん規模で見劣りする。

 だが、裏を返せば、そこに伸びしろがある。AIが扱うデータ量が増えるほど、保存役であるSSDの出番も増えるからだ。実際、キオクシアホールディングスの2026年1〜3月期の売上収益は前年同期比で約2.9倍に急拡大した。規模ではまだマイクロンに及ばないが、成長スピードは極めて速い。世界の巨人を猛追しているのが、いまのキオクシアホールディングスなのである。

プロ2人はそろって強気
日本初の100兆円企業へ!

 キオクシアホールディングスの株価見通しについて、取材した2人のプロはいずれも「強気」だ。まず、内藤証券の高橋俊郎さんは、PERで見た株価水準が割高ではない点に注目する。PERとは、株価が1株あたり利益の何倍まで買われているかを示す指標で、低いほど利益のわりに株価が安いとされる。

「キオクシアホールディングスのコンセンサス予想(アナリスト予想の平均)では、PERは10倍前後と決して割高ではありません。そのうえ、利益の伸びがすさまじい。つまり1株利益が伸びれば、中長期で時価総額がマイクロンの水準に迫っていく可能性は十分にあります」(高橋さん)

 今中さんは今後6カ月〜1年の目標株価を12万円とし、6月23日の終値9万2290円から見て、30%上昇余地を見込む。今中さんが「まだ安い」と見る理由も、業績と株価のバランスにある。

「業績がこれだけ伸びているのに、PERでは割安です。メモリは景気の波で浮き沈みする景気循環株だ、と身構える投資家がまだ多いからでしょう。しかし、データセンターとAIエージェントの広がりが続く限り、メモリは構造的に必要とされ続けます」(今中さん)

 さらに今中さんは、より強気のシナリオも描く。

「日本に時価総額100兆円の企業などありえない、と思う人がいるかもしれません。ですが、そんなことはない。数年というスパンで見れば、日本で初めて時価総額100兆円に達する企業が、キオクシアホールディングスになる可能性は十分にあると思います」(今中さん)

 時価総額100兆円は、株価にすればおよそ18万円。現在の約2倍となる水準だ。2人の「強気」予想を支えているのは、何よりも圧倒的な業績の伸びである。また、利益の急拡大によって財務内容が改善しており、設備投資の拡大によるさらなる成長に加え、株主還元の強化も期待できる。会社側も株主還元の拡大に言及しており、将来的な配当開始への期待が高まれば、それも株価を押し上げる材料になりそうだ。

株価は大きく上下するが
今後の見通しは明るい!

 このように、キオクシアホールディングスの株価急上昇は、ただのバブルとは言い切れない。生成AIの普及でAIサーバー向けSSDの需要が急拡大し、かつて、地味な部品と見られていたNAND型フラッシュメモリの価値が一変したことが背景にある。もちろん、株価は短期的に大きく変動する可能性があり、メモリ市況の悪化やAI投資の減速には注意が必要だ。

 それでも、マイクロンなど世界の競合はすでに時価総額100兆円を大きく超えている。キオクシアがAI時代のSSD需要を取り込み続けられれば、いずれその水準に近づく可能性は十分にある。

本記事は2026年6月24日時点で知りうる情報を元に作成しております。本記事、本記事に登場する情報元を利用してのいかなる損害等について出版社、取材・制作協力者は一切の責任を負いません。投資は自己責任において行ってください。