スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます

スタートアップが挑戦するべき、たった1つの市場Photo: Rafael Henrique/Adobe Stock

局地戦で勝ったAmazon

 Amazonが創業したのは1994年だったが、創業者のジェフ・ベゾス氏の頭の中には、オンライン小売市場を支配するビジョン(Everything storeになるというもの)があった。そこで彼はあえて書籍の領域から入った。

 書籍ならカタログ化しやすいし、腐らないので商品を頻繁に廃棄する必要はない。形状がほぼ同じなので発送業務の効率化が図りやすいという理由もあった。この限定市場で勝つために、100万タイトルという圧倒的な品ぞろえと低価格で市場に打って出たのである(図表1-3-22)。

 そして彼らは実際に書籍の市場で高いシェアを取り、1990年代の後半から徐々にCDやDVD、ゲームといった周辺市場にTAMを広げた。もしAmazonがいきなり食品や靴のような広範囲の市場を狙っていたらどうなっていただろうか?

特定のライターコミュニティに注目したSubstack

 Substack(サブスタック:クリエイターが有料または無料のニュースレター〈メールマガジン〉を簡単に配信し、読者からの直接のサポート〈購読料〉によって収益化できるオンラインプラットフォーム。2025年にユニコーンになった)も、最初は小さな市場から入っている。

 彼らは、いきなり全世界のコンテンツクリエイターに向けてニュースレタープラットフォームを展開したわけではなく、特定の条件を満たすプロフェッショナルライターに限定してサービスを開始した。

 2017年10月、サブスタックの3人の創設者は、メディア業界が広告モデルの限界に直面する中で、ライターが読者から直接収益を得られる新しい仕組みを模索していた。しかし彼らは最初から誰でも使えるプラットフォームとして展開することはしなかった。代わりに、厳選した小さなライターグループに招待を送った。その対象は、次の2種類に限定されていた。

 1. 既存の無料ニュースレターで大きな購読者ベースを持つクリエイター
 2. 大手メディアから最近解雇されたが、ファンベースを持つライター

 1つ目のグループは、既にニュースレターの価値を理解し、読者との直接的な関係を築いていた。彼らには有料化への意欲と、それを支える読者ベースが既に存在していた。

 2つ目のグループは、従来のメディアモデルの限界を身をもって体験し、独立への強いモチベーションを持っていた。

 また、以前の職場で築いた読者の信頼とブランド力を活用できる可能性があった。最初のユーザーの1人がビル・ビショップ氏というブロガーで長年にわたって中国に関するニュースレター「Sinocism」を運営しており、3万人の忠実な読者を抱えていた。

 日刊ニュースレターを有料化し、サブスタックに移行するという内容だった。月額11ドル、年額118ドルの価格設定で開始された。結果は驚異的だった。初日だけで6桁の収益を上げたのである。

 もしサブスタックが最初から、あらゆるタイプのコンテンツクリエイター、ブロガー、YouTuber、ポッドキャスター、アマチュアライターまでを対象にしていたらどうなっていただろうか? おそらく、ユーザー数は一時的に増加しただろうが、成功事例を作ることは困難だったはずだ。

 有料購読モデルの検証が曖昧になり、本当に価値のあるコンテンツと価格設定の最適化に時間がかかっただろう。また、既存のブログプラットフォームやコンテンツ配信サービスとの競争に巻き込まれ、差別化が困難になったかもしれない。

Metaも小市場から攻略した

 そして、Metaも同じアプローチをとっている。彼らはハーバード大学でうまくいったからといって、いきなり世界に向けて展開したわけではない。当時は既に「MySpace」や「Friendster」といった競合サービスが存在していたので、そこといきなり勝負することを避けた。

 2004年の創業時はアイビーリーグに絞り、しかも1校ずつ展開していった(既に学生向けのSNSが存在している学校から狙い、自分たちの強みや弱みをあぶり出しながら進んでいった)。しかも、各校において全学生の75%がユーザー登録するまで次の学校に行かないという非常に高い目標を掲げていた。

大学を増やしながら徐々に最適化した。機能を追加し、それを確かめて、うまくいったら、次の大学に攻め込むというプロセスを踏んだ

 当時を振り返って、マーク・ザッカーバーグ氏はこう言っている。

誰も目をつけていない市場か?

 ここまでの話を整理するために、市場の成長性と現在の市場規模の2軸によるマトリクスを用意した(図表1-3-23)。

 最も混み合っているのが「成長性の高い大きな市場(上段中央)」で、PMFもユニットエコノミクスも達成していないスタートアップが、この領域に飛び込むことは自殺行為だ。

 スタートアップのアイデアは「市場規模が小さく成長性の高い領域(図表1-3-23真ん中)」を狙うべきで、実際に多くのスタートアップがそこに参入している。

 ただ、一部の先進的なスタートアップは「市場が存在しないが成長性を見込める領域(下段中央)」で検証を開始しているし、「市場はまだ存在せず、しかも多くの人がその成長可能性に気づいていない領域(下段右)」で頑張っているスタートアップもいる。

 今でこそ、スキマバイトやコンビニジムなどという言葉が一般化してきたが、TimeeやchocoZAPが事業を始めた当初、誰もそんな言葉は使っていなかった。だから、大手人材会社や既存のフィットネス業界は気にもかけなかったし、多くの人が「数時間だけ働く」「コンビニみたいに一日5回10分だけ行くジム」なんて「クレイジー」なアイデアと考えた。

 あなたのスタートアップのアイデアは、いかがだろうか?

 まだ誰も言語化できていない未知の領域に足を踏み込もうとしているか? そこに果敢に挑戦する者だけが、新たな市場を作ることができるのだ。

(本稿は増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。