何もないところから
「意思」は湧かない

 ビジネスの現場で部下の主体性を引き出すために「君はどうしたい?」と問いかける場面は確かにあります。ただし、この問いが機能するのは、相手にある程度の経験があって、自分なりの問題意識や仮説を持っている場合です。

 あるいは、起業マインドを強く持つ人だけを採用している、まずはやってみることを奨励し、失敗を咎(とが)めない環境がある。そうした職場では、この問いは功を奏します。

 問題は、そうした前提がないままに、十分な経験がない人や、初めての領域に挑戦している人に、いきなり「君はどうしたい」と聞いてしまうことです。これでは相手を困らせるだけです。

 意思、つまりwillは、何もないところから自然に湧き出るものではありません。多くの場合、人の意思は、ある程度の経験や知識、比較事例があり、こちらのほうがよさそうだと考えられる材料が揃ったときにはじめて生まれます。

 たとえば、恥ずかしながら、私は野球のルールがわかりません。大谷翔平選手の名前を知っているくらいで、プロ野球やメジャーリーグについてもほとんど知りません。ですから、今のプロ野球をどう思うかと聞かれても、答えようがありません。知識がないから意見の持ちようがないのです。

 仕事も同じで、業務の全体像が見えていない人に「どうしたい?」と聞いても答えられるはずがありません。主体性を尊重するという名目で、こちらが本来説明すべきことを省略するのは尊重ではなく、放置です。考えさせることと、丸投げすることは違います。

 かの有名な山本五十六は「やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば人は動かじ」という名言を残しました。右も左もわからない人には、まずやり方を見せ、説明し、実際にやらせてみて、できた部分を褒める。本人が自分で考えられる地点まで足場を組んであげることが先なのです。

相談者が求めているのは
「棚卸し」の伴走

 キャリア相談の話に戻しましょう。相談者はそもそも自分が何をしたいかわからないから相談に来ているわけです。

 自分にはどんな選択肢があるのか、今の経験はどう生きるのか、次に何を身につけるべきか、今の悩みは転職で解決するのか、それとも今の職場で向き合うべきものなのか。

 これらが整理できていないから、誰かに話を聞いてもらいに来ているのです。選択肢を知らないと、自分の意思は持てません。その状態で「要は君が何がしたいかじゃない?」と返してしまうのは、やはり無責任というべきでしょう。

 私自身がキャリア相談に乗るときには、できる限り問いかけを丁寧にして、状況を一緒に整理するようにしています。

 今の仕事で楽しいと感じるのはどんな瞬間か。逆にストレスを感じるのはどんな場面か。周囲から強みだと思われていそうなことはないか。そうした問いを通じて、本人のスキル、経験、価値観、選択肢を一緒に「棚卸し」していくのです。

 そのうえで、具体的な仮説を提示します。

 今の状況なら、まずこの経験を積んでおくと次の選択肢が広がるのではないか。接客的な役割が向いているのではないか。年収を100万円上げたいなら、現職では100万円も上がらないので、企画力をつけてみてはどうか。こうした踏み込みが、相談に乗る側の役割だと思っています。