興味深いことに、当時の料亭文化では必ずしも飲酒が中心ではなかった。「主客一体となって座を成す、茶の湯の精神」が重視され、芸の鑑賞や会話、お座敷遊びなど多様な楽しみ方があった。体を動かすお座敷遊びは「ことばが通じない海外の方でも楽しめる」とされ、酒を飲まない客でも十分に参加可能だった。
直木は「口説き下手の芸者好き」という矛盾した性格だったが、その人間味のある欠点がかえって魅力となっていた。借金まみれでも贅沢をやめない気前の良さ、「短い人生だ、使えるものは使っちゃおう」という美学は、周囲の人々を惹きつけた。
ちなみに、人気作家になってからの直木の月収は2000円だった。庶民の月収が60円から70円の時代だから、現在の価値に換算すれば月収1000万円前後といったところだろう。それでも懐に余裕がなかったのは、連夜の宴席をはじめとして支出が桁外れだったからである。
娘(当時小学生)がハイヤーを乗り回していたというエピソードからも、直木の金銭感覚の豪快さがうかがえる。しかし、この派手さこそが直木の魅力の源泉だった。ケチケチした接待では人の心は動かない。時には思い切った投資が必要なのである。
酒を飲まずに宴席を盛り上げる
現代版・直木の接待術
直木三十五の接待術から学べるテクニックは5つ挙げられる。
1. 記憶に残る演出を心がける
ありきたりな場所や演出ではなく、相手の印象に残るような工夫をする。ただし奇をてらうだけでなく、相手を考えた提案であることが重要だ。
2. 代替手段の活用戦略
酒の代わりに何か別の共通体験をつくる。直木の場合は麻雀や将棋だったが、現代なら業界の最新トレンドについての議論、共通の趣味やスポーツの話題、あるいは相手の専門分野について教えを請う姿勢などが効果的だ。重要なのは相手と深く関わる別の方法を用意する姿勢である。
『偉人たちの酔っぱらい流儀』(栗下直也、平凡社)
3. 情報価値の提供者になる
直木が文壇ゴシップで場を盛り上げたように、現代では業界の最新情報、興味深いビジネス事例、海外のトレンドなどを提供することで存在感を示せる。ただし、機密性に配慮しながら、相手にとって有益な情報を選別する判断力が必要だ。
4. 聞き上手と話し上手の黄金比率
直木は「寡黙にして雄弁」という矛盾した性格だったが、これは相手や状況に応じて聞き役と話し役を使い分けていたことを示唆する。現代では「7:3の法則」(聞くことを7割、話すことを3割)を意識し、相手の話を引き出しながら、適切なタイミングで価値ある情報や洞察を提供すると効果的だ。
5. 人間味のある欠点を武器にする
直木の借金癖や浪費癖は、通常なら欠点とされるが、彼の場合はそれが親しみやすさとなっていた。現代でも、完璧すぎない人間味のある側面を適度に見せることで、相手との心理的距離を縮められる可能性は高まる。自虐的ユーモアを交えた失敗談などは、場を和ませる効果的な手段となる。







