雑草まで食い尽くす飢餓地獄、若き城主は自害…なぜ三木城は悲惨な結末を迎えたのか?〈大河ドラマ「豊臣兄弟!」第24回〉『豊臣兄弟!』第23回より (C)NHK 

歴史はエンターテインメント!かしまし歴史チャンネルへようこそ。『豊臣兄弟!』第24回のタイトルは「軍師官兵衛!」。天正7年、秀吉(演:池松壮亮)は三木城で籠城を続ける別所長治(演:下川恭平)と有岡城の荒木村重(演:トータス松本)を同時に相手にしなければならず、苦戦を強いられていました。有岡城攻めは悲惨な結末となりましたが(参考記事)、三木城攻めもまた、戦国時代の籠城戦の中でもとりわけ悲惨な戦いとして知られています。三木城の若き城主、別所長治は秀吉とどのように戦ったのか?本記事で紹介します。(かしまし歴史チャンネル/川合章子)

「三木城の干殺し」とも呼ばれるほど悲惨な「三木合戦」

 戦国時代の籠城戦の中でも、とりわけ悲惨な戦いとして知られるのが「三木合戦」です。天正6年(1578)から天正8年(1580)までの約2年間続いたこの戦いは、兵糧攻めによって城兵を追い詰めたことから、「三木城の干殺し」とも呼ばれています。

 なぜ三木城は、ここまで徹底的に包囲されることになったのでしょうか。

織田方だった別所長治は、なぜ離反したのか

 三木城主の別所長治は、もともと織田信長に従っていました。

 天正3年(1575)の時点では播磨の有力国衆として織田方に属しており、その影響力は大きく、別所氏に従って毛利方から織田方へ転じた国衆も少なくありませんでした。