「なんか変」は、気のせいやわがままではありません。
それは職場の関係性に潜む小さなサインです。
2万人をみてきた組織開発コンサルタント・勅使川原真衣氏が、違和感を組織に活かす方策を伝えます。
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なぜか「疲れる」相手
職場に「なんだか苦手だな」と思う人、一人や二人はいますよね。
はっきり嫌なことをされたわけではない。
むしろ相手は、周囲から「いい人」と言われている。
なのに、なぜかその人と話すと疲れる。
会議で発言を聞いているだけで、胸のあたりが少しざわつく。
私たちはこうした感覚を、つい「気のせい」や「機嫌の問題」と片づけがちです。
もちろん、単に誤解の場合もあるかもしれませんが、あなたが気づいた「なんか変」には、組織で働く上で大事なヒントが眠っていることが往々にしてあります。
凸凹の組み合わせで組織は回る
たとえば、仕事が速く、判断も早い人がいるとします。その人は、ある場所では「頼れる人」と評価されているかもしれません。けれど、前例を考えながら慎重に話したい人にとっては、その速さが「急かされている」「考える余白を奪われている」と感じられるかもしれない。
反対に、丁寧に確認しながら進める人は、ある人にとっては「安心できる」と感じても、別の人にとっては「話が前に進まない」と見えるかもしれません。
つまり、ある特徴は、場面や相手との組み合わせによって、強みにもなれば、しんどさの原因にもなるのです。
人には必ず凸凹があります。すぐに決められる人もいれば、深く考えてから動く人もいる。全体を見るのが得意な人もいれば、細部に気づく人もいる。人を巻き込むのが得意な人もいれば、一人で集中することで力を発揮する人もいる。
組織とは、本来そうした凸凹の組み合わせで回っているものです。
同じ傾向の人が多い環境だと、どうしても自分の考えが「当たり前」に凝り固まってしまいがちです。
そんな中で異なる傾向の人を入れれば、相手は自分の「当たり前」と違うことをするので、最初は違和感をおぼえがちになるでしょう。
しかし、実は凸凹のように補完関係にあって、良し悪しを決めつけさえしなければ、自分もラクに仕事ができるようになっていくのです。
全員が同じように考え、同じ速さで動き、同じ反応をする必要はありません。
むしろ違いがあるからこそ、見落としが減り、判断に厚みが出て、仕事は前に進んでいきます。
合わないなら、合わないなりの対応策を考える
ただし、その凸凹の組み合わせによっては、摩擦が起きることもあり得ます。
仕事の進め方、言葉の受け取り方、安心できる距離感が噛み合っていない。冒頭の例などは、まさにそんな場面でしょう。
しかし、凸凹があるのは当たり前。
そう考えると、「この人、なんか苦手」と感じたとき、まずはそれを「なかったこと」にしなくていい。自分はそう感じたんだ、と事実として受け止めていいのです。
その上で、相手を無理に変えようとして苦しむ必要もありません。
人は、それぞれの経験や価値観、得意不得意を持って働いています。
相手の話し方、判断の速さ、距離の詰め方、正しさの出し方を、こちらの望む形に変えようとすると、かえって関係はこじれてしまうことがあります。
大切なのは、「好きにならなければならない」と思い込むことでも、「相手を変えなければならない」と背負い込むことでもありません。
合わないなら、合わないなりの対応策を考えることです。
たとえば、口頭で話すと圧を感じる相手なら、事前にメールやチャットで論点を共有しておく。
会議中に即答を求められるのが苦手なら、「少し整理してから返します」と伝える。
雑談の距離感が近すぎて疲れるなら、必要なやりとりの範囲を自分の中で決めておく。
こうした工夫は、相手を拒絶するためのものではありません。互いの凸凹を前提に、仕事が進む距離を調整するものです。
すべての人とわかり合う必要はない
職場の人間関係では、「苦手な人を克服する」ことばかりが求められがちです。
けれど、すべての人と深くわかり合う必要はありません。信頼できる距離で協働できれば、それで十分な関係もあります。仕事なのですから。
やってはいけないのは、「あいつは仕事ができない」と能力の問題にしたり、「あいつは嫌なやつだから」と人間性の問題にしたりすることです。
特に上司と部下など権力勾配がある関係性だと、ただ相性が合わないだけなのに勝手に相手を決めつけて、排除してしまいがちです。
「この人、なんか苦手」という違和感は、誰かを嫌うための理由ではありません。自分を責める材料でもありません。それは、自分と相手の凸凹がどう噛み合っているのかを見直すための、ひとつの手がかりです。
無理に好きにならなくていい。無理に変えようとしなくていい。
必要なのは、違いを排除することではなく、「人それぞれ」で見て見ぬふりをするのでもなく、違いがあるまま働ける形を探すことです。
その視点を持てたとき、職場の「なんか苦手」は、ただのストレスではなく、よりよい協働を考える入口に変わるはずです。






