富裕層が本当に惜しむのは
お金ではなく時間

 私自身の「お金と時間」に対する考え方を変えてくれた乗客もいる。高級マンションからオフィス街まで、60代くらいの男性を乗せた時のこと。車内で配車アプリの話になり、私は何気なく言った。

「最近は迎車料金を気にされるお客様も多いですね」

 配車アプリは、指定した場所までタクシーを気軽に呼べる半面、通常の運賃とは別の手数料がかかる。この迎車料金を負担に感じ、あえて配車アプリを使わない人も存在する。

 すると男性は笑って言った。「私は逆ですよ」。理由を尋ねると、こう続けた。

「迎車料金は数百円でしょう。でも、流しのタクシーを10分探す時間は戻ってきません。私にとっては、数百円よりも10分間のほうが、もっと貴重なんです」

 その言葉が今でも忘れられない。それまでの私は「節約すること」だけが賢いお金の使い方だと思っていた。しかし、その男性の考え方は違った。節約していたのは、お金ではない。時間だったのだ。

 どんな人にも1日は24時間しかない。失った時間は、どれだけお金を積んでも戻らない。男性客は、このことを私に教えてくれた。事業を築き、資産を増やしてきた人ほど、限られた時間の価値を誰よりも理解しているのだろう。

 この男性だけでなく、富裕層は車内でのやり取りも丁寧である。

 タクシードライバーをしていると、車内での慌ただしい振る舞いで、乗客の焦り具合が伝わってくることがある。だが、心に余裕のある人はイライラを表に出さない。たとえ急いでいても、同乗者や運転手にその焦りをぶつけない。

 その礼儀正しい態度が、「乗車距離の長さ」によって変わることもない。

 前回の記事でも解説したが、日本ではタクシーで近距離乗車をするとき、乗客がドライバーに「近くてすみません」と気を遣う慣習がある。

 一方で、「お金を払っているのはこっちだ」という考えがあるためか、近距離乗車の際、逆に横柄な態度を取る乗客もいる。

 しかし、私が乗せてきた富裕層は違った。

 近いからといって恐縮することも、偉そうにすることもない。サービスを受け、対価を払い、感謝を伝える。そのシンプルな姿勢を徹底していた。