この段階は、フィンクの危機理論で言えば「防御的退行」に相当します。ですから「だったら大丈夫ですね」ではなく、なぜ意見に齟齬が見られ始めたのか、言葉の裏にある心理を丁寧に読み取る姿勢が求められます。
私は、このようなご家族に対応する場合、診察で明らかに自閉スペクトラム症などの特性が見られていたとしても、診断名を伝えることは控えます。専門領域の指導教官からも、そのようなアプローチをするように指導されました。
なぜなら、まだ「受容」の準備が整っていない段階で診断を伝えてしまえば、医療者への不信感につながり、再診に来なくなってしまうからです。これは、正しいことをしているつもりでも、結果的に子どもにとって必要な療育や支援の機会を奪うことになるからです。
支援者に求められるのは
気づきを後押しする姿勢
そこで私が意識しているのは、診断を押しつけることではなく、家族が“自ら気づき始めるための材料”を提示することです。
たとえば、診察中に気づいた行動を伝えながら、
「A君は欲しいものがあるとき、言葉ではなく人の手をつかんで取らせるという場面がありました」
「私と目線を合わせてくれませんが、家庭でも同様ですか?」
「先ほどの行動は、XXXと言い、自閉スペクトラム症のお子さんにも見られることがあります」
といった形で、自分が診察で得た生の情報や、特定の質問を診察の中で組み込みます。これらは診断名を明言するものではありませんが、こうした情報は、たとえその場でご家族の反応がなくても、思い返して気づく、帰宅後に調べてみる、といったきっかけとなり、信頼関係を崩すことなく受容へ向かう過程を進める助けになります。
このアプローチは「大人」に対しても有効で、たとえば職場の同僚や部下など、大人への支援でも共通しています。
・誰から見ても客観的な情報を使って対話する
「最近、帰りが遅い日が多いですね。何かやりづらいタスクはありますか?」
「五つのタスクのうち、まだ一つが進行中と聞いています。作業のどの部分に時間が割かれていますか?」
・小さな困りごとに共感する
「複数のことを同時に頼まれると、つらいことってありますよね」
「作業中に話しかけられると気が散るって、うちの親戚も言っていました。うちの親戚はADHDがあるのですが、作業環境を変えただけで一気に仕事がしやすくなったそうです」
『発達障害を正しく知る』(松浦有佑、幻冬舎)
こうした関わりは、「この人は見てくれている。責めるのではなく支えてくれている」という心理的安全性を生み、信頼につながります。その上で初めて、「自分はもしかしたらこういうところが苦手で、困りごとを持っているのかもしれない」と振り返って考える段階への橋渡しとなります。
発達障害の有無にかかわらず、人が変化を受け入れる際には、
――自分で気づくプロセス
――それを受け止められる心理的余裕
――安心して相談できる関係性
が必要です。無理に引っ張る対応は、防衛反応を強化し関係を壊す原因になります。だからこそ、支援者に求められるのは「観察し、支え、気づきを後押しする姿勢」であり、これが本人の受容を促すことにつながります。







