佐藤さんは、「人生は一度きりだから、やりたいことをして、美味しいものを食べたい」という思いを大切にしてきました。仕事の休みには旅行へ出かけ、友人とのランチを楽しみ、お孫さんへのお祝いも惜しみませんでした。
ところが、年金を受け取り始めたことをきっかけに老後資金を確認すると、600万円あった貯蓄は420万円まで減っていました。
「このまま70歳(職場で働ける上限年齢)で仕事を辞めたら、お金が足りなくなるかもしれない。」
そう感じた佐藤さんは、「投資で増やせないだろうか」と考え、口座のある銀行へ相談に行きました。
銀行では投資の仕組みや投資制度、金融商品の説明を受け、NISA口座を開設しました。
その際には債券や保険なども紹介されたそうですが、佐藤さんは「時間をかけて運用するより、まとまったお金を早く増やしたい 」と焦り、「420万円を投資に回せば安心できるのではないか」と考えていたといいます。
今は人生100年時代です。老後資金づくりを目的に、60代から投資を始めること自体は決して遅くありません。
ただし、それは毎月の家計に余裕があり、無理なく投資を続けられることが前提です。佐藤さんのお話を伺って、私が気になったのは投資ではなく、まず家計の状態でした。
佐藤さんは15年間で180万円の貯蓄を取り崩しています。つまり、その間は毎月の家計だけでは生活費をまかなえず、不足分を貯蓄で補ってきたということを表しています。
この状態で投資を始めても、毎月の生活費を支えられるわけではありません。
たとえ預貯金を使って積立投資を始めたとしても、新たに投資に回せるお金を家計から生み出せなければ、積立の元手はいずれ尽きてしまいます。投資を長く続け、その効果を生かすためには、まず毎月の家計を黒字にすることが欠かせないのです。
最近はNISAの普及もあり、「一日でも早く投資を始めたほうがいい」という情報を目にする機会が増えました。そのため、「まとまったお金があるうちに、早く投資を始めよう」と考える方も少なくありません。佐藤さんも、420万円をできるだけ早く投資に回したいと考えているようでした。
その気持ちはよくわかります。しかし、資産形成では「早く始めること」と同じくらい、「慎重に始めること」も大切です。
まとまったお金があるからと急いで投資を始めるのではなく、そのお金が老後の生活資金として本当に投資に回せるお金なのか、まず家計全体を確認する。その一手間が、長く安心して資産形成を続けるためには欠かせません。







