かつて田中派と厳しい対立関係にあった福田派の幹部として、田中派・竹下派の栄枯盛衰を間近に見てきた森さんとしては、派閥の規模は100人が限界、というのが実感だったのだろう。

 ただ、1955年の保守合同による自民党結党以来、約70年におよぶ歴史の中で、100人前後もの大派閥は田中派、竹下派、安倍派の3派しかない。これら3派はむしろ例外中の例外ともいうべき特異な存在だから、100人が限界点だろうということはできても、適正規模という観点からは議論の対象にはなりにくい。むしろ自民党内で半ば常識化してきたのは、「派閥は40人前後が手ごろ」という認識だった。

田中と竹下はカネで
仲間を集めたが、安倍は?

 だがそうなると、同じくほぼ100人もの大派閥を率いた安倍晋三さんのケースと一致しない点が出てくることに気づかされる。

 それ以前の自民党は、1つの選挙区から複数の当選者が出る中選挙区制の下で、派閥ごとに候補者を立てて争ってきた。その結果、選挙には巨額のカネがかかり、また派閥間の争いも絶えず、田中金脈問題やリクルート事件のような、金権腐敗の政治につながった。その反省から、「諸悪の根源は中選挙区制にある」として、94年に小選挙区比例代表並立制が導入され、国費による政党助成金制度が設けられたのだが、それからほぼ30年を経過するうち、今度はその制度にいくつかの弊害が生じてきた。

 小選挙区制では、1つの選挙区からは1人しか当選できない。従って、同じ選挙区内で自民党の複数の候補者たちが派閥ごとに争う、という事態はなくなった。それはそれでよいことだったのだが、1つの選挙区に自民党から1人の候補者しか立候補できないとなれば、党の公認候補になれるかどうかが、当落のカギとなる。党の公認権は党執行部が握っていて、その党執行部は、総裁(首相)が、あるいは総裁と親密な派閥の幹部らが運営しているから、公認を得ようとする候補者の多くは当然、時の総理・総裁の派閥など主流派への所属を希望することになる。