田中角栄元首相 Photo:JIJI
若き日の竹下登と金丸信は、選挙資金への期待を胸に佐藤栄作邸を訪れた。だが、待っていたのは予想外の「軍資金」と、思わず本音が漏れるやり取りだった。一方で、田中角栄のカネの使い方は桁も発想も別格だった。永田町でカネが「あいさつ代わり」のように飛び交っていた時代、なぜ角栄の金権政治だけが突出した存在として語り継がれるのか。※本稿は、読売新聞グループ本社代表取締役会長兼主筆の老川祥一著『長期政権の条件』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。
ポケットに収まる軍資金に
金丸信がこぼした一言
いまと違って、1つの選挙区から複数の当選者を出す中選挙区制度のもとでは、同じ政党の複数の候補者が互いに当落を争うことになるため、政策の違いではなく地元へのサービス合戦がものをいう仕組みだった。
このため「選挙にカネをかける」競争が生じ、カネのかかる政治が常態化する。また、そのための資金を調達するため、予算配分や許認可など行政権限を利用して関係業界などと癒着する傾向が生じ、「政治でカネを儲ける」体質が強まっていく。さらに、そうした資金力の豊富さが派閥の維持・強化につながり勢力を拡大することができるから、数の力で政策の推進や政局運営に影響力を行使することが可能となる、つまり「カネで政治を動かす」現象が生じてくる。
この「金権政治」の3要素を極限まで実践したのが、田中政治だったといってよかろう。少なくとも、それが田中政権の実現に結び付いたという点からみれば、それは成功物語だったといえるだろう。
もちろん、政治とカネの深い結びつきは、田中角栄さんだけに特有の問題ではない。佐藤政権時代も、いやそれ以前から、政界では、総裁選だけでなく日常の政治活動で、カネがあいさつ代わりのように潤滑油的な役割を果たしていた。







