竹下登さん(のち首相)が、若手議員だった当時の面白いエピソードを回想している。1960年、安保条約改定で岸信介首相が退陣して池田内閣のもとで解散・総選挙が行われた際、佐藤派の新人議員だった竹下さんは、「佐藤さんから選挙資金の援助がある」と聞いて、仲間の金丸信さん(のち自民党副総裁)と一緒に佐藤邸に行き、「1万円札でポケットに収まる程度の軍資金」を頂戴した。

「そのとき、金丸さんは思わず『少ないな』と口走ってしまった。すると佐藤氏はトレードマークの大きな目をむいて『それじゃ百円札に換えてあげようか』といわれたので、私たちはほうほうの体で辞去した」(『証言保守政権』竹下登、読売新聞社)

 竹下さんは金額を明言していないが、1万円札で100万円だと厚さはちょうど1センチだそうだ。「ポケットに収まる程度」というから、この時佐藤さんからもらったのは恐らく100万円だったのだろう。佐藤邸に行くとき、実は竹下さんは風呂敷、金丸さんはボストンバッグを持っていったのだという。取らぬ狸の皮算用で「がっかりするやら大笑いするやら」の一幕だったという。

300万円を有無を言わせず
押し付ける田中角栄の剛腕

 田中さんのカネの撒き方については、私自身がある議員から聞いて驚いたことがある。これも佐藤さんが退陣して田中さんと福田赳夫さんが後継総裁の座を争った「第一次角福戦争」の時のことだ。中間派の若手議員が、地元の選挙区から飛行機で羽田空港に帰ってきたら、田中さんが待っていて、いきなり「頼む、頼む」といって札束を懐に押し込もうとした。

「いや、これは受け取れません。実は今回は福田さんを支持すると、もう約束してしまったんですよ」

 すると田中さんは「いいんだ、いいんだ、今回は。次の時でいいから」といって、あっけにとられている議員に札束を押し付けたまま、走り去ったという。あとでみたらなんと300万円もあった。

「返すに返せず、もらっちゃったよ。総裁選では、第1回投票では福田さんに入れたけれど……角さんには借りを作ったような気分が抜けなくなってね」