米上院外交委員会の多国籍企業小委員会で、「ロッキード社が航空機の売り込みのため日本政府高官らに200万ドルを贈った」と、同社のコーチャン副会長が証言したのだ。大疑獄事件である。「日本政府高官」とは誰なのか。日本中が大騒ぎとなった。
「カネ」で政権を勝ち取り
「カネ」で失脚した角栄の人生
この事件は、私自身、ワシントン支局で特派員として直接取材にあたることになったテーマで、三木さんの対応なども含め、当時の状況に関して拙著(『政治家の胸中』)に詳しく記述したのでここでは多くは触れないが、三木さんがこの事件を金権政治との戦いと位置付け、それによって政権基盤の強化を図ろうと、「真相解明」に猛烈な情熱を燃やしたことが、田中さんの復権の芽をつぶす決定的な要因となったことだけを指摘したい。
『長期政権の条件』(老川祥一、新潮社)
当時はコーチャン証言の記録や関係資料は米議会にあり、またロッキード社の資料は米証券取引委員会にあるといったぐあいで、いずれも米政府の権限が及ばないため、通常の外交ルートでは証拠書類の入手は困難で、日本の捜査も困難とみられていた。ところが三木さんはそれでもフォード米大統領に親書を送って資料の引き渡しを求め、これをきっかけに日米司法取り決めを新しく結ぶなど、いくつもの異例の措置を講ずることで捜査が可能となったわけだ。
こうして76年7月、田中さんはロッキード社から5億円を受領した容疑で逮捕され、歴史に残る「首相の犯罪」として記憶されることになる。田中さんはその後も派閥の勢力を拡大し、数の力で政界を動かす「闇将軍」として10年近く威勢をふるったが、派内で忠臣と思われていた竹下登さんが独自のグループ「創政会」を旗揚げし、田中支配に反旗を翻した衝撃もあってか脳梗塞で倒れ、93年に他界した。
「カネ」で政権を勝ち取り「カネ」で失脚した田中さん。得意技がやがて命取りになるという政界の皮肉なジンクスを、ここにみることができる。







