金額も手法も、田中さんらしいカネの使い方というほかない。その金力と迫力、行動力で見事に政権の座をもぎ取った田中さんは、「今太閤」と謳われ、列島改造ブーム、日中国交正常化の熱気を背景に、72年11月、衆院解散・総選挙に打って出た。

 ところが案に相違して、自民党は議席の大幅減(前回の300から284へ。追加公認・入党を含む)となった。金融緩和や土地投機の過熱などによる物価や地価の高騰などで、政権への期待感が幻滅感に変わりつつあったのだろう。巻き返しを図った74年7月の参院選では巨額のカネをつぎ込み、大企業から中小下請け企業の従業員まで動員する「金権・企業ぐるみ選挙」を展開したが、これも選挙前の計135議席から129議席(保守系無所属を含む)に減少するという失敗に終わった。

国民の怒りまでは
カネの力でねじ伏せられない

 党内操縦ではカネの力がものをいっても、国民全体を相手にする選挙はそうはいかない。有権者の生活実感を形成する要因はさまざまあって、風の吹き方にも変幻がある。とくにこの頃から、有権者の政党支持動向にも変化が生じつつあった。

 自民党支持の堅い基盤とされていた産業界などでも、経営陣の指示に従って従業員が投票するといった旧来型のパターンが崩れ、無党派層あるいは浮動票と呼ばれる「支持政党なし」の比率が増えてきた。カネの力で突き進んできた田中さんにはその変化が目に入らなかったのかもしれない。

 それに、多くの人には漠然とした疑問が生じつつあった。田中さんにはどうしてそんなにカネがあるのだろうかと。

 そんな疑問を解き明かすレポートが、まるでタイミングを合わせたかのように、ここで登場した。永田町と呼ばれる政界の中で、程度の差はあれ政治でカネを儲けるという手法に慣れた政治家たちにとってはそれとなく知られていながら、それでいて世の中にはまるでうかがい知ることのできなかった「田中金脈」の実態が、74年10月発売の月刊文藝春秋11月号の「田中角栄研究――その金脈と人脈」(立花隆)で、白日の下にさらされたのだ。