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「もとに戻せ!」「何が何でも積み上げるように!」2012年9月、東芝の社内カンパニー「DS社」の業績悪化を報告された佐々木則夫社長は、激怒した。営業損失の見込みは、わずか1週間で▲129億円から▲248億円へ悪化。差額119億円分の“改善策”を、一晩で積み上げるよう迫られたDS社では、直後に中国子会社への部品売却をめぐる緊急メールが飛び交うことになる。世界に誇る技術力を持ちながら、2023年12月に上場廃止となった東芝。その転落の深層には、現場を追い詰めた「チャレンジ」と、不正会計へとつながる組織の病巣があった。 ※本稿は、久保 誠『東芝 転落の深層――経営不祥事と裁判』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。
2012年9月27日 佐々木則夫社長の猛烈チャレンジ
2012年9月27日〈DS社〉の再度の社長月例が行われた。1週間前の9月20日の社長月例での報告が佐々木則夫社長のチャレンジ案を達成できていなかったため、やり直しとなったものだった。ここで〈DS社〉が報告したのは、営業損失▲248億円の見込みだった。これは9月20日報告値の営業損失▲129億円から大幅に悪化したものだったため、佐々木社長は激怒し、「もとに戻せ」と怒鳴ったのだった。これにより、〈DS社〉は差額119億円分の改善施策を一晩で検討することになった。
〈DS社〉は検討の結果、84億円の損失を圧縮するまで目途を立てたが、84億円から119億円までの未達分35億円に、取締役会で追加改善を約束した10億円を合わせた合計45億円が不足していた。
翌9月28日の12時頃、深串方彦カンパニー社長は、コーポレート側の下光秀二郎グループCEO、田中久雄副社長と私に事前説明を行った。その時の資料には84億円の内訳としてTIH(東芝情報機器杭州社)へのマスキング価格(高値での販売)での部品売却はもちろん、バイセル取引による改善施策はなかった。
同日午後2時から佐々木社長に、同資料で深串カンパニー社長が報告したが、佐々木社長は深串カンパニー社長を激しく叱責し、「不足分の45億円も何が何でも積み上げるように」と指示を出して報告は10分ほどで終了した。
その後、下光グループCEOの部屋で佐々木社長のチャレンジに対する対策会議を行ったが、下光グループCEO、深串カンパニー社長、田中副社長、私の4人とも全くアイデアが浮かばず沈黙が続いた。しばらく経って田中副社長から「ODMに支払う設計料(NRE)[※注1]の一部をまけてもらうよう交渉する。自分はODMの社長と懇意だから頼みを聞いてくれるはず」と提案があったので、一同ほっとして、あとは田中副社長と深串カンパニー社長に任せて解散した。
※注1 設計料(NRE):設計など一度だけ行われる開発・製造工程のこと。
その日の夕方、全社の四半期決算見込みについて佐々木社長に報告したところ、佐々木社長から「〈DS社〉は違法なことをしていないだろうな」との詰問、私は「田中さんが『ちゃんとやる』と言ったから大丈夫だと思います」と答えた。その後〈DS社〉経理部長に電話で確認したところ、「なんとかなりました。大丈夫です」との回答だった。私は、田中副社長によるODMとの設計料の交渉がうまく行ったのだと判断した。







