東京都心の高層ビル群と富士山の景色Photo:PIXTA

東京一極集中は、いつどのように進んだのか?1980年代までの日本は、東京と大阪の二極構造だったはずなのに。特に九州人が、より近いはずの大阪ではなく進学・就職先として東京を選ぶようになったのは、なぜなのか?「納豆」の地域別年間支出の分析も加えて、歴史地理学の専門家が謎に迫る。※本稿は、重永 瞬『新しい日本地理 地図・統計・移動から読み解く』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

1980年代に進んだ
「九州の東京志向化」

 人口移動の要因として、就職は最も大きな割合を占めている。現在では大学卒業後に就職する人が多いが、1965年から1997年までは高卒での就職が最も多かった。図1-11より、高等学校卒業者の就職先の変化を見てみよう。

図1-11 高等学校卒業者の就職先の変化同書より転載 拡大画像表示

 1980年には、福井県から三重県にかけての「三関」のラインを境に、東日本では東京都、西日本では大阪府への就職者が多かった。例外は福岡県と沖縄県だけで、全体としては明確な東西対立構造が存在していた。

 しかし、1990年になると、九州のすべての県で東京都への就職者が多くなり、広島県や山口県でも東京のほうが多くなった。東京と大阪という日本の二極構造は、東京を中心とした一極構造へと変化しつつある。とりわけ九州の変化は大きい。1980年代には、「九州の東京志向化」が進んだと言えるだろう。