戦後の日本においては、大都市圏に人口が移動した時期が3度あった(図1-12)

(1)1950年代~1970年代初頭の高度経済成長期、(2)1980年代のバブル期、(3)1990年代後半からリーマンショックまでのITバブル期である。

図1-12 三大都市圏の人口動態同書より転載 拡大画像表示

航空輸送の発達により
各地方と首都圏が結ばれた

 このうち、高度成長期には東京圏だけでなく大阪圏にも人口が移動したが、その後の2度の大移動では東京圏にばかり人口が集まり、大阪圏の人口はむしろ減少の一途をたどった。高度成長期以降には、地方圏の人口が大阪や名古屋を飛び越えて直接東京に動く傾向が強まったと言えるだろう。図1-11で見たように、九州はその典型的な例である。

 地方圏が東京との結びつきを強めた理由はいくつか考えられるが、その1つに交通事情の変化が挙げられる。

 1970年には約1500万人だった国内航空旅客輸送量は、2000年には約9300万人と、30年で6倍以上増加した。その半数以上は、首都圏の空港が占めている。反対に、関西の航空旅客輸送はほとんど伸びていない。航空輸送は、もっぱら各地方と首都圏を結ぶかたちで発達してきた。

 図1-13は、日本の各空港について、羽田空港と大阪国際空港のうち流動が多いほうに線を引いたものである。1970年には大阪が中四国のみならず九州に対してもハブの役割を果たしていたが、1987年には、完全に東京に中心が移ったことが分かる。

図1-13 羽田空港と大阪国際空港の航空旅客流動の比較同書より転載 拡大画像表示