この時期に前後して、「煩悶青年」というキーワードが登場します。それまで形成されてきた「青年」のイメージは、立身出世のために頑張る、そのための「修養」を積むものでしたが、それでいて、青年特有の悩みを抱える時期でもある側面に光が当たってきたのです。

 原因としては、明治20~30年代にかけての、中学生・高等学校生の増加が挙げられます。ある程度の知識を蓄えた人々が増加すると、より精神的な悩みを抱える人も増える。さらに勉学に勤しむ期間が与えられているということは、その分「悩む時間」が確保された時期を与えられている、と考えると、このような層が現れるのは必然でした。人は単純に「立身出世」だけを追い求めるわけではないのです。

 藤村操が身を投げた日光の華厳の滝には、大樹に彫られた遺書が残っていました。その内容は藤村の叔父が、当時の一大メディアであった『万朝報』に送って報道され、広く知られるようになります。「自らの存在理由に悩まされ、それを解決する手立てはないので生きる意思を失った」とする、難解で文学的なモノローグは、事件をより「語らせる」要素があり、当然、さまざまな反応がありました。基本的には、「自殺なる行為は悪しき事」「社会を知らないのになぜ」といった具合に、現代で語られるようなことと変わりません。

 そして、「個人主義」的なものに原因を求める言説もありました。例えば、「人間関係の道徳を説く儒教の教えが学問の世界から遠ざかっているので、それらを復活させるべき」とか、「国家や社会に奉仕しないで個人の世界に浸っている」といったものです。これもまた、だいぶアナクロにはなってしまったものの、今でも言われそうです。

現代の若者にも通じる
多種多様な青年たち

 最近SNSでは、文系インテリ系の若者を「クネクネしている」と表現するのを見かけます。揶揄的なニュアンスが前面に出てしまうのは望ましくありませんが、この擬音が彼らの心の揺れや繊細な動きをよく捉えている側面もあり、なかなか秀逸だと思えるのです。