1939年の時点で連合艦隊司令長官だった山本五十六は、1941年の太平洋戦争開戦直後に「今どきの若い者は、などと口はばたきことは申すまじ」という言葉を残しています。坂田稔『ユースカルチュア史』によれば、この言葉は知人への手紙の中の一文として書かれ、それが新聞に転載されると名言として話題になったそうです。
それから80年以上経った現在、インターネットでこの言葉を検索してみると、「今どきの若者は~」とすぐに非難するような年長者を批判する言葉として受け取られていて、寛容な感覚を持っていた山本五十六を称える「名言」として紹介されているのですが、まあそのように解釈もできるとは思うものの、時代背景を考えると、「若者たちが国のために勇敢に戦うんだから『今どきの若者は~』などと言っている場合ではない」という言葉だと捉えるべきでしょう。
日露戦争を闘った山本五十六は当時の段階で強い威光を持っていたので、当然、この言葉が若者に対する世間のイメージを転換させたと言えます。今まで軽薄で何を考えているかわからんと言われがちだった存在が、むしろ大事にしなければいけないものだとイメージが一新されたわけです。
「生きがい」論の裏で
喪失した「死にがい」
1939年の時点で「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」が渙発(発布)されており、総動員体制の中で若者は国のために闘う存在として明確に定義されていきます。1943年に山本五十六は戦死し、同じ年には学徒動員として学生たちも動員されます。当時の若者たちの声は『きけわだつみのこえ』や、さまざまな手記の展示などで戦後まとめられていきますが、あくまでも戦後、当時の戦争を否定する意味合いが込められているのもあり、読む側にもどうしてもバイアスがかかってしまうと言えます。むしろもっと客観的に、戦後以降の社会の変化に呼応した論考としては、社会学者・井上俊による『死にがいの喪失』(1973年)が挙げられます。







