「日産の再建は現実のものとなった。3年前、当社は凋落(ちょうらく)に歯止めがかかっていなかった。それが今では、グローバル競争にカムバックを果たしただけではなく、ペースメーカーの役割も果たしている」

 2003年4月23日、2002年度の決算発表の席で、ゴーン氏は日産自動車の復活をこう宣言した。

 ゴーン氏はリバイバル・プランで掲げた目標の全てを1年前倒しで達成。1999年度は6844億円もの最終赤字だったが、2000年度には3311億円の最終黒字に転換。有利子負債も2002年末までにほぼ目標通り削減した。

日産自動車の最終損益の推移日産自動車の最終損益の推移。リバイバル・プランにより、1999年度の6844億円の最終損失が、2000年度には3311億円の最終利益へと劇的に変わった(出所:日産自動車の資料を基に筆者作成)

 その後も収益力を高め、2002年度には最終黒字を4952億円に、営業利益率を当時世界の自動車メーカーの中でトップ水準だった10.8%まで引き上げた。文字通りの「V」字形回復を実現したのだ。見事な成功をもたらしたことから、今なお企業再生を目指す日本企業にとってリストラ計画のモデルケースとなっている。

 振り返ると、日産自動車は1999年以降に「リストラの歴史」と言えるほど経営再建を繰り返してきた。だが、このリバイバル・プランほど大きな成功を収めたものはない。

 現在、日産自動車が進めている経営再建計画「Re:Nissan(リ・ニッサン)」も、その中身はリバイバル・プランを下敷きにして策定したのかと思えるほど似ている。なぜ、リバイバル・プランはV字形回復をもたらしたのか。それを知ることができれば、リ・ニッサンの成功率も高まることだろう。