史実のほうが痛快だった…『風、薫る』実在モデル・大関和が病院を去った深い事情〈風、薫る第77回〉

りんのモデル・大関和の退職理由は「職場の待遇改善」

 今井(古川雄大)はりんに、患者と向き合えないものは去るべきだが、「共に働いてきた者としてはさみしいものだな」と最後にちょっとだけ情を見せる。医者としては個人の感情を奥に隠し、冷静にふるまっているのだろう。りんが笑顔の面をつけているとしたら、今井はクールな面をつけているのだ。

 瑞穂屋で美津(水野美紀)が卯三郎(坂東彌十郎)に報告している。

「環(英茉)ちゃんのためとはいえ、りんさんには難しいジャッジメントをさせてしまいましたね」

 卯三郎は顔が広いんだから、実入りのよくない仕事しか紹介できないなんてことはないと思うのだ。勝海舟(片岡鶴太郎)に紹介してもらうことだってできるだろう。捨松(多部未華子)だって新潟しか職がないってことはおそらくないだろう。

 それこそ「りんさんだよ」だ。彼女はこれまでずっとなんとかうまくいってきたのだ。だがこれは、物語上、新潟に行くことになるのだから仕方ない。

 では、原案の『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる著)ではどうだったか。

 りんの参考になっているとされる大関和は、病院の看護婦の待遇改善を強く求めたため、揉めて、辞めることになった。そして、やはり新潟に職を紹介されて出向く。だがその流れに不自然な感じは一切ない。

 本だと自然に読めることがドラマになるとぎくしゃくするのは、このドラマに限ったことではない。多くの原作、原案ものの映像あるあるだ。これは世の不思議のひとつである。

 好みとしては、職場の待遇改善に断固として闘った人物のほうが支持できる。患者の希望とはいえ、無茶して寿命を縮めてしまったような展開はすっきりしない。

 なぜ、あえてこんなふうなストーリー展開にしたのだろう。いつも正しい主人公より「間違える」主人公を描きたかったのだとは思う。この世界には、間違えてしまう不器用な人はいると思うので。

 でもよりにもよって日本の看護婦という職業を切り開いた偉人を、うっかり間違えてしまう人物に脚色する必要はあるだろうか。モデルのいるフィクションの課題といえるだろう。