これでは、ますます貿易で食べていた商社の役割が縮小していきます。1980年代、日本経済はバブルに向かってどんどん成長していきましたが、そのなかで商社は「冬の時代」と言われるほど、厳しい状況だったのです。
商社は冬の時代を生き残り
銀行はバブル崩壊で低迷した
でも、そこで商社が消滅することはありませんでした。
1980年代の商社は、三菱商事、伊藤忠商事、三井物産、丸紅、豊田通商、トーメン、住友商事、日商岩井、ニチメン、兼松の10大総合商社時代でした。
そして2000年代には、豊田通商とトーメンが合併して豊田通商に、日商岩井とニチメンが合併して双日になり、8大総合商社時代になりましたが、それでもまだ8社が残っています。23あった全国の銀行が3メガバンク体制にまで再編されたのとは、大きく違います。
これは、選択と集中によって、各社が得意分野に特化した事業展開に切り替えていったことに加え、非常に高いリスクを取って投資事業を積極的に行ったからだと思われます。
たとえば原油や天然ガスの権益を持ちながら、最近では再生可能エネルギー分野にも投資をしていますし、農業支援事業の一環として新興国で農地開発をサポートしたり、インフラ分野では国外での鉄道や港湾の建設、都市開発プロジェクトなどにも関わっていたりします。
このように商社は自分たちの資金を投じて、さまざまなプロジェクトに主体的に関与しながら大きな収益を上げ、冬の時代を乗り越えてきました。
一方、商社が冬の時代だった頃、我が世の春を謳歌していた銀行は、その後どうなったのかというと、バブル経済の崩壊による「失われた30年」と共に、長い低迷期に入っていきました。
1989年当時、冬の時代に直面していた商社と、我が世の春を謳歌していた銀行が、三十数年の歳月を経るなかで、逆の立場になってしまったのです。
なぜ、このように見事な逆転劇が演じられたのでしょうか。
この原因のひとつは商社と銀行の人事政策の違いにあるのではないかと考えています。
専門人材を育てる商社と
ゼネラリストを育てる銀行の違い
では、総合商社と銀行の人事政策の違いはどこにあるのでしょうか。まず総合商社は部門制を取っています。







