総合商社は「カップラーメンからロケットまで」と言われるように、さまざまなモノを扱っています。

 しかも近年ではモノだけでなく、資源開発もすれば、事業投資も行い、その配当を利益にしたりもします。たとえばコンビニエンスストアのローソンは三菱商事が、ファミリーマートは伊藤忠商事が大株主になっています。

 このように、非常に幅広いビジネス領域を持っている総合商社ですが、人事政策がユニークで、部門をまたいだ異動はほとんど行われません。

 たとえば鉄鋼部門に配属されたら一生、鉄鋼部門ですし、財務部門に配属されたら、定年になるまでずっと財務担当になります。そして、そのセクションでプロフェッショナルとしての知見を磨き上げ、役員、社長というように昇進の階段をのぼっていきます。

 これに対して銀行はどうなのかというと、たとえばメガバンクともなれば、非常に多岐にわたった部署があるのに、なぜか昇進して役員になるのは、ほとんどが融資・企画・人事畑の人たちです。おそらく地方銀行になると、メガバンク以上にその傾向が強まると思います。

 もっと言うと、人事部門の力が非常に強いのも、銀行の特徴でしょう。銀行に入ってくる優秀な人材のなかでも、さらに優秀な人間には最初から目星をつけておき、人事部の采配によって、さまざまな部署を経験させます。

 つまりゼネラリストを育てるわけですが、役員の顔ぶれを見ると、なぜか大半の人が融資畑なのです。メガバンクで言うと国内法人融資、投資銀行部門、市場部門、国際部門といった具合です。

昔の花形だった融資畑が
いまも幅をきかせる弊害

 一方で、個人営業畑で、役員に登用されるケースは、ほとんどありません。ここ最近、NISAの制度見直しも含めて個人の資産形成に対する世の中の関心が高まっているにもかかわらず、です。

 これは危険なことだと思います。

 役員の多くが融資畑というのは、銀行のメインビジネスが預貸ビジネスだった頃の名残りです。そもそも銀行とは、多くの人から預金を集め、それを企業などに貸しつけて金利を得、その金利の一部を預金者に渡して利ざやを稼ぐのがメインのビジネスでした。しかし、今はそういう時代ではありません。

『銀行の本店はなぜ仰々しいのか?』書影銀行の本店はなぜ仰々しいのか?』(鈴木雅光、幻冬舎)

 つまり今の日本の銀行は、預金を集めたところで、それを貸し出して運用する先が不足している状況であり、それは預貸ビジネスが、もはや銀行ビジネスの主流ではないことを意味します。

 そうであるにもかかわらず、融資畑の人たちが役員の多くを占めているのは、決して銀行にとって望ましい人事とは言えないでしょう。

 専門性のない分野のジャッジを下すのは、極めて難しいことだからです。専門性を持たないゼネラリストで、しかも融資畑の人間ばかりが集まっている銀行の役員会において、多岐にわたる銀行経営の課題を議論するのは、ほぼ無理でしょう。

 この点、総合商社の役員は1人1人がスペシャリストなので、さまざまな課題に対応できます。だから商社冬の時代と言われた頃から、ドラスティックな企業改革を断行しながら、今日まで生き延びてきたのです。