「お父さんがかわいそうで……」
ところがコロナ禍の2021年、生煮えだった案を進めざるを得なくなってしまう。認知症の診断を受けていた玉三郎氏が体調を崩し、入退院を繰り返すようになったのだ。
そこで、日本M&Aセンターと当時の経営陣は、玉三郎氏の容体を心配する創業家をよそに、玉三郎氏からM&Aの同意を得ようと動いていたようだ。
社長の玉三郎氏は大株主でもある。玉三郎氏からの同意さえあれば計画は一気に進められる。経営陣と日本M&Aセンターの担当者らは、病に臥せる玉三郎氏から判をもらうべく、同意を求めたという。
当時を思い出し、梅里家の関係者は悔しそうに話す。
「お父さんがかわいそうで……。追い返したこともあったくらいです」
死後に判明した“本心”
顧客軽視のシナリオ
2021年4月、玉三郎氏は肺炎で死去。経営陣と日本M&Aセンターは喪も明けぬうちから、生前の玉三郎氏にM&Aの同意を得ていたとして、梅里家が保有する株式の売却手続きを進めたという。
一族の長を失ったばかりの梅里家には、法的措置をとって争う気力も知識もない。日本M&Aセンターの描いたシナリオに沿った事業承継のM&Aに、従うほかなかったという。
「父が病床で書いたメモが見つかったんです。これ、見てください。こんな悔しい思いをしないように、私たちのような小さな会社の創業家は、専門家など味方を増やして、準備を進めておくべきでした」
こう言って梅里家の関係者はノートを私に見せた。そこにはこう記されていた。
《白紙にもどす(M&A etc)》
《白紙にする訳 ①創業者の意向が一切、無い。》(原文ママ)
M&A仲介会社にとって、売り手企業や買い手企業は顧客だ。その顧客が納得できていない状況で株式の売却を進めたり、顧客の契約書を捏造したりする行動は、買い手企業や売り手企業がM&A成立後に発展するかどうかではなく、M&Aが成立すれば良いという、顧客軽視の姿勢そのものではないだろうか。
遺族がメモの存在を知ったのは、梅里玉三郎氏が亡くなった後だったという。
震える文字には、玉三郎氏の無念が滲んでいるようだった。
(※本稿は片田江康男記者の新刊『社喰い』(ダイヤモンド社)を抜粋・編集した記事です)
記者。1979年東京都生まれ。2003年ダイヤモンド社に入社。2006年より『週刊ダイヤモンド』記者。これまで取材したテーマは東日本大震災後の東京電力問題や、大手生命保険会社における金銭詐取問題など。2021年からM&A業界を取材。M&Aのダークサイドに踏み込んだ『社喰い』(ダイヤモンド社刊)が好評発売中。
Key Visual by Kaoru Kurata, Manami Kanemura







