社喰いPhoto by Yasuo Katatae

高齢化による後継者不足を背景に、中小企業の事業承継M&Aは年々増加している。その一方で、売り手企業の思いが置き去りにされたまま売却が進められるケースが後を絶たない。新刊『社喰い』(ダイヤモンド社)では、近年注目されるM&Aで起きるトラブルを追った。事業承継を支えるはずのM&Aで、いったい何が起きていたのか。当事者への取材から、その舞台裏に迫った。(ダイヤモンド編集部副編集長 片田江康男)

社長の認知症がきっかけ
創業86年目の事業承継M&A

「日本M&Aセンターの奴らはカネ、カネ、カネですわ。非常に感じが悪かったですよ」

 こう振り返るのは、現在、滋賀県犬上郡多賀町に本社を構える旭金属工業所の創業家関係者だ。

 同社は金属部品加工会社として1936年に兵庫県尼崎市で創業。主な取引先にはヤマハ発動機など、一流メーカーが名を連ねていた。

 2022年1月、創業家である梅里家(仮名)は、保有する株式約55%を含む全株式を大阪の産業機械メーカーに売却。日本M&Aセンターの仲介で事業承継M&Aを行った。

 梅里家が事業承継について本格的に考え始めたのは2017年7月。2代目社長として会社を引っ張ってきた梅里玉三郎氏(仮名)が、認知症と診断されたことがきっかけだった。

 梅里家にとって後継者選びは、長らく抱えてきた一族の悩み。玉三郎氏も、後継者がいなかった初代社長から婿養子に迎えられている。だがその玉三郎氏にも、会社を託せる後継者はいなかった。

 そんな中で玉三郎氏の認知症の診断は、梅里家にとって会社を親族以外に託すことを本格的に考えなければならない出来事だった。

 こうして梅里家の関係者は、日本M&Aセンターとの面談などを繰り返し、事業承継を目的としたM&Aを検討してきた。

迷いがあった創業家一族
現役幹部が全株式売却へ傾いた理由

 当然、番頭格の幹部社員に経営を引き継ぐ案や、外部人材を招聘して新たな経営体制を作る案など、複数の案が玉三郎氏を中心とした経営陣の間で議論されていた。

 だが、玉三郎氏以外の経営陣が考えたのは、創業家の株式も含めた全株式を、第三者へ売却することだった。

 梅里家の関係者はこう話す。

「経営陣の中には、少数でしたが株を持っている者もいました。全株式を売却するM&Aをすれば、株を持っていた取締役はまとまったお金が手に入る。2000万円くらいは手元に残る想定でした。うちの株をそのままずっと持っていても、非上場株式なんで売れるわけない。だから日本M&Aセンターが持ってきた、大阪の産業機械メーカーによる全株式買収の提案に乗ったんでしょう」

 だが、玉三郎氏ら創業家らには当然迷いがあり、具体的な話は進まなかったという。