M&A仲介 ダークサイド#1Photo by Yasuo Katatae

M&A仲介会社を通して、全国で中小企業の買収を繰り返し、その多くでトラブルを引き起こしているルシアンホールディングス。取材を進めていくと、実はそのルシアンも、売り手企業に多額の資金を詐取されたケースもあったことが分かった。特集『M&A仲介 ダークサイド』の#1では、魑魅魍魎が跋扈するM&A仲介のダークサイドの一端を明らかにする。(ダイヤモンド編集部副編集長 片田江康男)

M&A仲介を荒らすのは買い手だけか
リストと新ガイドラインでは不十分

 M&A仲介協会は8月26日、悪質な買い手企業を登録した「特定事業者リスト」を、10月1日から運用することを発表した。さらに8月30日、中小企業庁は「中小M&Aガイドライン」を改訂。悪質な買い手企業によって引き起こされるさまざまなトラブルを防止するために、仲介会社が果たすべき役割や義務などを明記した新たなガイドラインを公表した。

 M&A仲介協会によれば、悪質な買い手企業とは、売り手企業の社長の経営者保証を解除せず、その企業が保有する現金などを抜き取った上で事業を放置したり、失踪したりする企業のことを指す。そこで特定事業者リストの運用を行い、ガイドラインを刷新することで、仲介会社による不当なM&Aへの関与を防止し、関係者の被害を抑制しようというわけだ

 ここに至るきっかけは、東京都千代田区丸の内に本社登記している投資会社、ルシアンホールディングスが絡むトラブルの頻発にある。同社は2021年秋ごろから全国で30社近い企業を買収し、その多くでトラブルを起こしている。買収の際には、大手を含む10社近いM&A仲介会社が関与していた。

 ルシアンは買収後、企業経営にはほとんど関与しない代わりに、すぐに買収した会社の現金を親会社となった自社へ吸い上げる。その結果、従業員の給与支払いや取引先への支払い、金融機関への借入金返済が滞る事態に陥ることになる。

 悲劇はそれだけではない。売り手企業の経営者は、自社の債務保証を負っていることが多い。これは経営者保証ともいわれ、通常はM&Aの成立と同時に、買い手企業によって解除されなければならないが、ルシアンは解除しないため、事業を売却して経営を退いた売り手企業の前経営者の元に、債権者の取り立てが押し寄せるのだ。こうして事業停止や倒産に追い込まれた売り手企業が続出している。

 吸い上げた資金はどこに消えたのか。そもそも、連続して30社近く買収した狙いは何だったのか――。

 疑問は幾つも浮かぶが、真相が究明されることは当面ないだろう。ルシアンの代表者は24年1月以降、行方をくらましているからだ。

 トラブルを引き起こすきっかけをつくってしまったM&A仲介会社にも、業界内外から責任を追及する厳しい声が上がっている。そんな中で発表された特定事業者リストの運用開始と、新たな中小M&Aガイドラインは、M&A仲介業界にとって再起のための切り札である。

 だが、それだけでは十分とはいえない。というのも、M&A仲介の市場を荒らす悪質な事業者は、買い手企業だけではないからだ。

 次ページでは、ルシアンが行ったM&Aに関与した仲介会社が明かす、ルシアンがつかまされた事案を解説する。さらに、中小企業のM&Aでトラブルが決してなくならない構図を明らかにする。