史実のほうが慎重だった…岩倉具視への「がん告知」、医師が貫いた3つの条件〈風、薫る第84回〉

二組の母子の遊戯

『戦国武将を診る』の著者・早川智は1958年生まれ。彼が研修医の頃、よほど早期ではない限り患者にがん告知をしなかったと書いている。つまり明治時代は当然のごとく患者に告知をしなかったと考えられる。

 本では岩倉具視に告知したドイツ人医師のベルツは“「告知に対する患者の強い希望」「余命認知を望む正当な社会的理由」「告知を受け止められる強い精神力」という、必須の条件を確認して告知を行った”とある。極めて熟考が必要であったことが読み取れる。史実では、患者本人への告知は慎重のうえにも慎重を重ねて行われていたのだ。

 それに対して、直美は、誰にも相談しないで、文に告知したのだ。『風、薫る』はりんの行動といい、物議を醸すことを主人公にさせ続ける。

 突然、告知された文は「お陰ですっきりしました」と礼を言う。

「今まで悩ませてしまったでしょう。ごめんなさい」と逆に謝られ、直美は「いえ。もし私が文さんの家族ならって考えました」と言いながら涙をぬぐう。

「何か望みはありませんか? 食べたいものとか行きたい場所とか会いたい人とか」

 直美としては、寿命を意識することで、「やりたいことが何もない」と言う文になんらかの望みを抱いてほしいと願ってのことなのだ。

 はたして、文はほんとうにやりたいことが何もない、のだろうか。

 彼女は少しひねくれ者だ。言っていることを額面どおりに受け取ってはならない。だからこそ、直美は文に問いかけるのだろう。

 主題歌明け、文が着替えている。

 そこへりんと環が訪ねてくる。久々に淑女双六が行われる。文が希望したのは、りんと環に会いたいということだったのだろうか。何か気晴らしに遊戯をしたいということだったのだろうか。それともりんが気を利かせて遊びに来たのか。

 りんは「不良夫婦」のコマに行き、環に意味を聞かれて、仲の悪い夫婦と説明しようとして直美にたしなめられる。

 りんと前夫の関係こそ「不良夫婦」であるが、環にとって実父は実父。言い方が難しいのかもしれない。環は初めての淑女双六なのだろうか。

 直美は上がり。ということは「淑女」(捨松みたいな)。旧双六だと「奥様」だが。

「人生は運」という直美。
「努力も大事」とりん。

 軽く言い争っているのを、文が楽しそうに見ている。

 ここもまたシンキングタイム。人生は運任せか努力して築き上げるか。あなたはどちら派?

 正論で言えば、努力して土台を築いたうえに、ときには運に身を任せることも必要という、基礎と臨機応変な対応力を兼ね備えることで盤石になる。