民主主義とはこういうものです。つまり、国民の賛同は必ずしも国防に資するものではない、むしろ紛争を招きかねない場合もある、ということです。

 よく防衛費について「税金を使うのだから透明性が必要だ」と言われますが、だからといって素人が国防の方向性を決めるようなことは、むしろ納税者たる国民を危険に追い込むことになりかねません。

 イギリスはフォークランド紛争には勝利しましたが、この教訓から、それまでの方針を一転して島嶼部への軍備を厚くし、空母や潜水艦など艦艇の建造も再開しました。しかし、軍縮によって国が保有していた防衛産業の株式を売却して切り離しを図り、経済合理性の観点からブリティッシュ・エアロスペースなどを再編に追い込み弱体化させた影響は想像以上に大きいものでした。一度ストップしたものを再び始めるのは困難を極め、とりわけ潜水艦の建造は長い間イギリスを苦しめることになりました。

 サッチャー首相を描いた映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(原題 TheIron Lady)を観ると、フォークランドに艦艇を派遣するよう命じたサッチャーに「艦がありません。あなたが削ることを決めました」といったセリフが返ってくるシーンがあり印象的でした。

 私はここでサッチャー批判をしたいわけではありません。一連の経緯は、「軍備の効率化」というのは後でそのツケを払わねばならない可能性があること、つまり結果的に効率化にならないということ、またそのことで戦争抑止に失敗する場合もあることを教えてくれる、貴重な教訓であると思っています。

 さらに、この点はあまり語られていませんが、削減により大きな影響を受けるのは軍の運用現場です。装備が削減されても、命令とあらば彼らは出動していきます。装備をさんざん減らした上で、彼らに「国のために戦争をしろ」と言うのは、あまりにも残酷に思えてなりません。

 いずれにしても、このイギリス・サッチャー政権が招いた防衛生産・技術基盤の事実上の崩壊、そして防衛費の徹底的な効率化による抑止の失敗は、今の日本にとって非常に示唆的な歴史的事実ではないでしょうか。