海空自衛隊の装備もなんとかして国産を遺すべく努力しているのです。これは国産の利点を実感した先人たちが苦労して残してきた結果であり、同じように未来の自衛隊を考える時、今を生きる私たち世代の責任として継承すべきことです。「いまこの時点での必要性、経済性」からのみで防衛力整備を行うべきではないのです。
英国の防衛基盤を崩壊させたサッチャー首相
軍事を考えずに防衛産業政策を行うとどうなるかの事例となると、いつもイギリスを思い出します。
イギリスでは1980年代初めのサッチャー政権時に大規模な軍縮を行いました。当時「英国病」と呼ばれた経済不況の中で就任したサッチャー氏は、「軍備の効率化」と銘打ち、ポラリス原潜の退役を見すえたSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)トライデントの米国からの購入、小型艦艇の導入による人員・任務の縮小を行い、欧州から離れた地域への部隊派遣は二次的役割に引き下げました。空母は3隻から2隻に減り、このことは欧州域外への関与能力低下を自ら示したことになりました。
英国は、1979年にアルゼンチンがフォークランド侵攻を企図しているとの情報を掴んだものの「常駐部隊を置くとコストがかかる」ということで一時的な部隊派遣にとどめました。しかし、このことがアルゼンチン側に「イギリスは離島防衛の意志が薄くなっている」というメッセージを送ることになったのです。
ダメ押しになったのは、フォークランド海域に派遣されていた哨戒艦「エンデュランス」を経費削減の一環で除籍させる決定でした。イギリスの南大西洋地域に対する関心の低さを露呈することになったのです。これがアルゼンチンの背中を押してしまいます。
一方で、このような一連の国防予算の削減は、不況にあえぐ国民に大いに支持されたのです。効率化の名の下で強行した軍縮が紛争を招いたことは明らかですが、国民はそれぞれの暮しや目先のことしか分からないため、この軍縮はサッチャー首相の強力なリーダーシップの表れとして評価されることになります。







