このDIUの拠点は米国内で5つまで広がっていて、そこでは「F35に随伴できる高速無人機『忠実なウイングマン』」であるとか「調達プロセスの前に問題を評価・修正できるシステム」「脳の活動を活性化して能力を高めるヘッドギヤ」などといったユニークな研究が行われているのです。
「八木アンテナ」の悲劇
日本は技術立国だと言われていましたが、その実力を発揮させないようにするのは簡単なことだったようです。技術と軍事、技術と経済の繋がりを切断する、つまりは「技術報國」に逆行させればいいわけです。その意味で、戦後の占領政策は大成功しました。
実は、わが国は戦前からこの連携が良くありませんでした。「八木アンテナ」のエピソードは、ご存じの方もいるかも知れません。1925年に八木秀次氏が発明した指向性アンテナは、世界に先駆けた技術でした。八木氏は私財を投じ特許を取得したものの、日本では全く認められませんでした。そのうちに八木アンテナの特許は切れてしまい、国は八木氏の技術の重要性を理解しないだけでなく、特許の延長すら認められなかったのです。
しかし、この技術が世界に秀でたものであったことは、後に分かります。先の大戦で米英はレーダーを駆使する一方、日本はそれが使えず、「技術格差」によって敗れたかのように見えますが、米英が使っていたレーダーは実は八木アンテナの技術から生まれたものだったのです。八木氏の論文は海外で認められ、米英ではそれを基に研究開発を進め、速やかに実戦配備したのです。日本では帝国陸海軍ともこの価値に気付かず「敵に電波を出すことなど闇夜に提灯でこちらの位置を知らせるようなものだ」と一蹴したと言われます。
因みに、当時は陸海軍それぞれでレーダーの研究・開発に取り組んでいたようですが、互いの情報を出すこともなく全てを秘匿し、連携などほど遠い関係だったため、そのうちに米英に先を越されてしまったのです。日本がシンガポールを占領した際、押収したイギリスの資料に「YAGI」という文字があり、単語の意味が分からなかった通訳者が「このYAGIとは何なのだ!」と捕虜に問いただすと「日本人なのに、八木のことを知らないのか!」と驚かれたという逸話もあります。







