米国では当時、大統領直属のプロジェクトチームを立ち上げて、全土から人材を集め軍事に使える研究開発を進めていました。「ワープ・スピード作戦」と同じことがすでにこの時代でも行われていたのです。

日本では、あの人は海軍の研究者だとか陸軍の専門家だとか言って、互いの領域を侵さないことが暗黙のルールになる風潮があります。一元的にとりまとめることが不得意です。また、その人の成果ではなく出身大学や経歴の方に重きが置かれる傾向は現在でも根強く残っているように思います。

 さらに言えば、マイクロマネジメントが過ぎるところもあります。装備庁の助成制度もその点が嫌われた要因でもあったのですが、進行状況や成果を逐次報告しなければならないなど義務付けが多く、また失敗が許されないなど、大胆な発想を阻害する条件をつけがちです。防衛装備品の導入にあたっても「税金を使うのだから国民への説明を尽くさなくてはならない」という説が正論のようになっていますが、それが本当に国民の要求なのでしょうか。

 国の平和と独立を維持し、国民が安心して暮らせるという結果を出すことが本来、国民の必要としていることだと考えれば、いかに批判されないかという事なかれ主義は、その国民の要求に適うものとは言えません。税金の使い方に目を光らせることは必要ではありますが、政治までが小役人的な思考では、日本はいつまでも「ワープ・スピード作戦」ができる国にはなれないでしょう。