ハラスメントと言われるのが怖くて強く言えない。言いたいことを飲み込んで、結果的に自分が尻拭いをしてしまう――そんな上司に伝えたいことがある。そもそも、怒ることも叱ることも必要ないのだ。

「叱れない上司」が増えている現代の職場
「部下を叱ることに抵抗がある」「ハラスメントと言われるのが怖くて、強く言えない」――
こうした悩みを抱える管理職は、現代の職場に非常に多い。
言いたいことを飲み込み、やるべきことをやらない部下の尻拭いを自分でこなす。
その結果、上司ばかりが疲弊し、組織の規律は緩んでいく。
この状況を放置すると、チームの中に「やらなくても誰かがやってくれる」という空気が生まれ、
部下の成長の機会も失われていく。
しかし、だからといって感情的に怒ることが解決策になるわけでもない。
問題は「叱り方」ではなく、そもそもの「指摘の構造」にある。
上司は「怒ること」も「叱ること」もしなくていい
「ハラスメントだと言われるのが怖くて、強く言えない」
私のSNSライブの相談でも、このような悩みは後を絶ちません。言いたいことを飲み込み、やるべきことをやらない部下の尻拭いを自分でする。その結果、上司ばかりが疲弊し、組織の規律は緩んでいく。これが現代の職場のリアルです。
しかし、そもそも上司は「怒ること」も「叱ること」もしなくて構いません。
部下の行動を正すためには、求められる仕事の基準と現状のズレを指摘し、修正することが必要です。
つまり、上司がやるべきは、「その行動は、基準と違いますよ」と部下に淡々と伝えることだけなのです。
ここで示される解決策は、シンプルだ。
上司は「怒ること」も「叱ること」もしなくていい。
部下の行動を正すために必要なのは、
求められる仕事の基準と、現状の行動のズレを指摘し、修正することだ。
つまり上司がやるべきことは、
「その行動は、基準と違いますよ」と淡々と伝えることだけだという。
感情を込める必要はなく、声を荒げる必要もない。
基準を示し、そこからのズレを事実として伝える――
それだけで、指摘としての役割は果たせる。
「怒り」と「基準の提示」は、まったく別のものだ
叱ることへの抵抗感の多くは、「感情をぶつけること」への恐れから来ている。
しかし、基準と現状のズレを淡々と伝えることは、感情とは無関係だ。
「あなたはダメだ」という人格への攻撃でもなく、
「この部分が基準と異なります」という事実の確認に過ぎない。
この違いを理解しておくことで、指摘することへの心理的なハードルが下がる。
怒ることが怖いのではなく、基準を伝えることは怖くない――
そう捉え直すことで、これまで言いたくても言えなかった場面での行動が変わってくる。
基準を明確にしておき、そこからのズレを見つけたら淡々と伝える。
その繰り返しが、感情に頼らずにチームの規律を保つための、最も現実的な方法になる。
そのためには「基準」を先に言語化しておく必要がある
「基準と違いますよ」と伝えるためには、
そもそも基準が言語化されていなければならない。
「なんとなくこうあってほしい」という漠然としたイメージを基準にしていると、
ズレを指摘しようとしても「上司の好み」の押しつけになってしまう。
チームとして何が求められているか、どのレベルの仕事が期待されているかを、
事前に言葉にして共有しておくことが前提になる。
基準が明確であれば、指摘は感情の問題ではなく、
ルールの確認という客観的な行為になる。
そしてその基準に基づいた指摘は、部下にとっても受け取りやすいものになっていく。
次に部下の行動が気になったとき、感情を抑えることより先に「基準と何が違うか」を言葉にしてみることだけでいい。
(本記事は、書籍『コンサル時代に教わった 仕事ができる上司の当たり前』をもとに作成しました)



