デモ活動をする人たち写真はイメージです Photo:PIXTA

「自分だってつらいのに、なぜあいつらばかりが助けられるのか」。コロナ禍の飲食店支援をめぐる反発や、生活保護受給者、住民税非課税世帯へのバッシングの背景には、こうした不満があるという。自らも困難を抱えながら、社会的に「弱者」と認められた人々への支援に不公平感を募らせる「曖昧な弱者」たち。社会学者の伊藤昌亮氏は、こうした人々の敵意が、弱者だけでなく、その支援を掲げるリベラル派にも向けられていると指摘する。なぜリベラルは支持を失い続けるのか。その背景にある「弱者争い」の構造を読み解く。※本稿は、社会学者の伊藤昌亮『曖昧な弱者の時代』(岩波書店)の一部を抜粋・編集したものです。

なんでお前らばかりが
助けてもらえるのか

 2020年初頭、コロナ禍が猛威を振るい始めたころ、その社会的影響を最初に被ったのは飲食店だった。外出自粛が呼びかけられるなか、客足が途絶え、困窮する店が続出する。とりわけ資本力のない個人店は苦境に立たされた。そうした状況は人々の同情を呼び、飲食店を支援しようという気運が高まっていく。

 SNSではテイクアウトの呼びかけやクラウドファンディングの提案などが盛んになされた。このとき飲食店は、いわばコロナ禍から生み出された社会的弱者の筆頭として、一同で支援しなければならない存在だと捉えられていたと言えるだろう。

 ところがその後、感染拡大防止策として時短協力金制度が開始され、営業時間を短縮した店に協力金が支給されるようになると、状況が一変する。とりわけ2021年1月に支給額が増額されると、それまで同情的だった人々の声は一転して中傷的なものに変わってしまった。2月には「協力金バブル」という語がTwitter(現在はX)のトレンドワードとなり、まるで不正を働いているかのように飲食店を中傷するツイートが相次いだ。

 こうして飲食店は、人々の同情を呼ぶ存在から反発を買う存在へと、つまり支援の対象から誹謗の対象へと一気に切り替わってしまった。