必ずしもそうではないだろう。これら2つの態度は、彼女の中では矛盾することなく結び付いていると考えられる。

 高市氏は総裁選の際のインタビューで、「暮らしの厳しさとか、中小企業・小規模事業者の痛み」に鑑み、「生活保護よりも少し上の層である中・低所得者層にメリットがある制度」を作りたいと述べている(『日テレNEWS』2025年10月1日)。つまり生活保護受給者などの貧困層を助けるのではなく、むしろその「少し上の層」、いわゆるロウアーミドル層を積極的に支援したいという考え方だろう。

 いいかえれば「下」にいる弱者には冷たくする一方で、「真ん中」にいながら「厳しさ」や「痛み」を感じている弱者には優しくするというスタンスだ。

高市が目を向けたのは
中間層にいる「曖昧な弱者」

 そうしたスタンスは彼女の経済政策のみならず、文化政策にも当てはまるものだろう。つまり外国人や女性などのマイノリティを助けるのではなく、むしろマジョリティの中で苦しんでいる人々を支援するという考え方なのではないか。

 このように高市氏の中では、「弱者」が2つの種類に分かれていると見ることができる。経済的な格差の「下」にいる貧困層や、文化的な多様性の「端っこ」にいるマイノリティなど、一般に社会的弱者として認定されている層と、そうではなく「真ん中」にいながらも、つまり中間層やマジョリティに属しながらも何となく弱っている層だ。前者を「明白な弱者」、後者を「曖昧な弱者」と呼ぶことができるだろう。

 だとすると高市氏のスタンスは、「明白な弱者」には冷たいが「曖昧な弱者」には優しい、ということになる。一方でリベラル派のそれは、とにかく「明白な弱者」に優しいというものだろう。

 ここであらためて考えてみよう。「明白な弱者」とはそもそもどのような人たちなのだろうか。まず原理的なところから見ていこう。