「誰が弱者なのか」をめぐるわれわれの社会的合意は、一般に2つの観点からなされていると考えられる。経済的な観点と文化的な観点だ。経済的な観点での弱者とは、要するに困窮者のことだ。一方で文化的な観点での弱者とは、歴史や制度の中で従属的な地位に置かれ、差別されてきた人々、すなわち被差別者のことだろう。つまり社会的弱者とは、経済的弱者としての困窮者と文化的弱者としての被差別者のことだ、とさしあたり考えるのが、われわれの大方の合意なのではないだろうか。

社会はどんな人々を
弱者と見ているのか

 まず経済的弱者としては、社会保障政策による再分配の主な対象となっている人たちがそれに該当することになる。

 日本の社会保障制度のうち、給付に関わるものには公的扶助、社会保険、社会福祉の3つがあるが、それらのうち公的扶助制度と社会福祉制度は、所得再分配を直接の眼目とするものであり、加えて社会保険制度の中にも所得移転を眼目とする部分がある。それらの対象となっているのは主に以下の人たちだ。

 収入の当てのない低所得者、高齢者、障害者、子ども、子育て世帯、ひとり親世帯、障害児のいる世帯、遺族、難病患者、失業者、労災者など。これらの人々が今日の日本では、経済的弱者としての「明白な弱者」として広く認定されている存在だと言えるだろう。

 次に文化的弱者としては、人権政策による承認の主な対象となっている人たちがそれに該当することになる。

「人権教育のための国連10年」の決議が1994年12月に国連で採択されたことを受け、日本ではそのための「国内行動計画」が1997年7月に発表され、いくつかの重要課題が定められたが、それ以来、国と地方自治体によってその細目がアップデートされてきた。その対象となっているのは主に以下の人たちだ。

 女性、子ども、高齢者、障害者、被差別部落民、アイヌの人々、外国人、感染症患者、刑を終えた出所者、犯罪被害者とその家族、LGBTQ、ホームレスの人々など。これらの人々が今日の日本では、文化的弱者としての「明白な弱者」として広く認定されている存在だと言えるだろう。