そして高市氏もまた、「明白な弱者」には冷たいが「曖昧な弱者」には優しいというそのスタンスに見られるように、同様のアプローチを採っているところがある。

高市の内政と外交は
弱者を本当に守れるのか

 とはいえさすがに参政党のケースとは異なり、「明白な弱者」をあからさまに敵視するような態度は高市氏には見られない。代わってそこで強調されているのは、「曖昧な弱者」を守る、それも徹底して守るという姿勢だろう。それを示すために彼女は、とくに2つのキーワードを好んで用いているように思われる。「積極財政」と「安全保障」だ。

『曖昧な弱者の時代』書影曖昧な弱者の時代』(伊藤昌亮、岩波書店)

 まず「積極財政」は「曖昧な弱者」の不満に応え、経済や生活の面から彼らを守るというメッセージとなる。さらに「安全保障」はその不安に訴え、軍事や治安の面から彼らを守るというより強いメッセージとなる。とくに後者は2025年10月の所信表明演説で18回も言及されており、そこには高市氏の強いこだわりが窺われる。

 しかしそれらの政策により、「曖昧な弱者」は本当に守られるのだろうか。むしろ逆効果になってしまう面もあるのではないか。

 というのもまず「積極財政」への過度なこだわりから、アベノミクスを財政面で拡張するような政策が続けられれば、円安による物価高が進み、人々はさらに苦しむことになるだろう。

 さらに「安全保障」への独自のこだわりから、諸外国を刺激するような発言が続けられれば、国家間の緊張の高まりに伴い、人々の不安がさらに高まることにもなりかねない。その結果、「曖昧な弱者」は守られるどころか、不満と不安をさらに募らせることになるのではないか。