「あの人がいるから、何とか回っている」――そう言われる人が、あなたの職場にもいないだろうか。あるいは、上が替わったのに現場は何も変わらなかった、という経験が。組織の不調を「誰のせいか」で考えるかぎり、答えは出ない。84年前、ピーター・F・ドラッカーは著書『産業人の未来』において、当時の経営者を歴史上最も誠実で有能な人々だと絶賛したうえで、それでも足りないと断じた。欠けていたのは、能力ではなかった。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

ドラッカー 経営者の正当性

「あの人がいるから」という危うさ

「あの人がいるから、何とか回っている」。職場でそう言われる人がいる。誠実で、有能で、頼りになる。だからこそ、その人の判断は誰にも点検されない。

 逆の光景もある。不祥事が明るみに出て経営陣が退き、新体制での信頼回復が宣言される。それでも半年後、別の会社でよく似た会見が開かれる。顔ぶれは替わっても、光景だけが同じなのである

 これを「たまたま人に恵まれなかった」で片づけてよいのか。これほど繰り返されるなら、犯人探しでは終わらない問題があるとみたほうが自然だろう。

 それを84年前に論じた本がある。ドラッカーが1942年に発表した『産業人の未来』だ。本書が問うのは、経営者の資質ではない。その力が何の上に立っているのか、である。

これは経営者批判ではない

 意外なことに、本書のドラッカーは経営者を批判しない。むしろ先回りして擁護する。本書にはこうある。

誤解のないよう付言するならば、これは現代の経営陣に対する攻撃ではない。それどころか、今日のアメリカの大企業の専門経営者ほど、生産的であって誠実、かつ能力があって良心的な支配層は歴史上存在しない。

――『産業人の未来』より

 これは持ち上げているのではない。経営者が無能だから、あるいは強欲だから組織がおかしくなる――そう考えられるかぎり、話は人事の問題で終わってしまう。

 だからドラッカーは、議論から「人の質」という変数を先に外している。人を最良の水準に見積もり、それでもなお残るものだけを見ようとしたのだ。

 実際、彼らが力を握った経緯にもそれを奪い取る要素はなかった。ドラッカーによれば株主の側が、議決権も責任も面倒だとして自ら手放した結果だという。株を買っても総会の議案を読まない人は、いまも少なくないだろう。その結果、空いた席に、まじめな人が座らされたのである。

 本書が描くのは、そういう情景だ。

基盤のない力は必ず腐る

 では、誠実な人が座っていればよいのか。本書のいう「正統性」とは、その力が社会に受け入れられた基盤の上に立っているかどうかを指す。基盤を欠いた力について、こうある。

正統ならざる権力は必ず腐敗する。なぜならば、それは権勢にすぎず、権威とはなりえないからである。制御不能であって無制限、しかも無責任だからである。

――『産業人の未来』より

 権勢とは、ただ強いという状態。権威とは、周囲がその力を認めている状態だ。基盤がなければ、どれほど大きな力でも前者にとどまる。

 誰も止められず、どこまでも及び、誰にも責任を負わない力になる。「あの人がいるから回っている」職場も、規模こそ違え同じ形をしている。

 有能な人ほど、点検の仕組みは不要に見える。

人格では埋まらない欠落

 では、人が最良なら問題は消えるのか。本書の答えは冷たいほどはっきりしている。

しかしながら、誠実、効率、能力が権力の基盤となったことはないし、これからもない。権力が正統か否か、支配が合法か簒奪かは、人格とは別の次元の問題である。

――『産業人の未来』より

 ここでいう「正統」は、日常語の「正当」とは違う。合法かどうかではなく、その力が社会に受け入れられた基盤に立っているかを問う言葉だ。

 つまり、合法と正統は同じではない。規定どおりに総会を開き、法令をすべて守っていても、それだけで基盤があることにはならない。

 そのうえで本書は、人格の問題と基盤の問題を外科手術のように切り分ける。

人格が最低であれば、せっかくの権力の基盤も意味をなさない。だが最高の人格であっても、権力の基盤の欠落を補うことはできない。望まずしてなった独裁者も、独裁者であることに変わりはない。

――『産業人の未来』より

 人格が悪ければ基盤も意味をなさない。だが最高の人格でも、基盤の欠落は埋められない。望んで引き受けた力かどうかも関係がない。

 ここで、本書が最初に経営者を擁護した理由がはっきりする。人の質を最高に見積もり、そのうえでなお残るもの――ドラッカーが見ようとしたのは、その残りのほうだった

 良い経営者か悪い経営者か。その問い自体が的を外しているのである。

犯人探しをやめるという答え

 では、どうすればよいのか。本書の答えは意外なほど静かだ。

今日、経営陣による支配に正統性が欠落していることに対する答えも、無法な経営陣の追放ではない。そもそも無法な経営陣などあまりない。

――『産業人の未来』より

 そもそも無法な経営陣などめったにいない。答えは、企業における権力そのものを正統にすること。つまり基盤をつくり直すことにある。

 問うべきは人ではなく、権力の基盤だ。後任を探す前に、その力がなぜ点検されないまま置かれているのかを問い直したい。

 本書でドラッカーは、社会が機能する条件を2つ挙げている。1つは、一人ひとりが位置と役割をもつこと。もう1つが、権力が正統性をもつことだ。経営者を替えても埋まらない欠落の正体は、この2つ目にある。では、その正統性はどう築くのか。答えは、本書の後半に置かれている。