強者として叩かれる理不尽
氷河期世代の悲しき現在地
かつて「おじさん」といえば、会社で権力を持ち、若者に説教する厄介な年上男性のことだった。当時も批判や笑いの対象とされることはあったが、そこには「強い者を下から茶化す」という意味があった。
たとえば1986年、防虫剤「タンスにゴン」のCMで使われた「亭主元気で留守がいい」は流行語になった。夫は健康に働いて給料を持ち帰る、ただし家にはいない方が専業主婦の妻にとっては楽という本音を表した言葉である。裏を返せば、一家の大黒柱としてきちんと働き、収入を得ていたからこそ成り立つ笑いだった。
会社では管理職、家庭では稼ぎ手、社会では年長者として発言力を持つ。若者や女性から見れば、古い価値観を押し付けてくる存在でもある。だから「おじさんはうるさい」「おじさんは説教好き」というイメージがつき、彼らを揶揄することには権力への反発という側面があった。これがおじさんはバカにしてもよいという免罪符となって現在まで続いている。
一方で、現在のおじさんの立場は変化している。まだまだ男性中心社会であることは事実だが、ハラスメントに対する社会の目が厳しくなり、かつてなら見過ごされた横暴な振る舞いも許されにくくなった。
何より、就職難やブラック労働に苦しめられた就職氷河期世代が現在のおじさんの中心世代だ。40代・50代には、厳しい就職環境、非正規雇用を経験してきた人が少なくない。いまや管理職は上司にも部下にも気を使う必要があり、罰ゲームとまで呼ばれるようになった。新入社員の初任給は上がる一方で、氷河期世代の賃金は停滞。中年男性だからといって、必ずしも地位や経済力を持っているわけではない。
それでも中年男性全体は、いまだに「社会的強者」とみなされやすい。実際、集団として見れば、中年男性が今も相対的に多くの権力を持っていることは否定できない。だが、集団全体の優位性を理由に、一人ひとりの容姿や年齢を侮辱してよいことにはならない。
近年は、LINEの文章やファッションといった、権力の有無とは関係のない特徴まで、「おじさんの気持ち悪さ」や「痛さ」の理由にされる場面が増えている。







