反論すれば「器が小さい」
沈黙を強いる「男の呪い」

 さらにおじさんだけがバカにされやすい理由の一つは、当事者が反論しにくいことにある。仮に反論すると「器が小さい」「冗談も通じない」「被害者ぶるな」と切り返されるのだ。

 厄介なのはこうした反論の封鎖が外側からだけではなく内側からも来ることだ。おじさん自身が「男は弱音を吐くな」「笑って流せ」「いじられてなんぼ」と信じ込んでしまっている面がある。このため、おじさんこそがおじさんの言動に厳しく、SNSではおじさんに対し、別のおじさんが冷笑を浴びせるシーンをよく見る。

 現在のおじさんに男は沈黙こそ正義と教え込んだのも、会社の先輩に当たるおじさんたちだった。現在のおじさんもまた、上の世代のおじさんが押しつけた「男らしさ」の被害者ともいえる。

 長年たたき込まれた男らしさの呪いを取り除くのは難しく、傷ついたと口にしようとした瞬間、外からは「被害者ぶるな」と言われるのを恐れ、心の内側からは「男のくせに」という声が聞こえてしまい、何も言えなくなってしまう。

 現に筆者もこの文章を「批判はこないだろうか」「こんなことを書いて、器が小さいやつだと思われないだろうか」と心配を募らせながら書いている。

 もちろんおじさんに関するネガティブな言及をすべて差別と呼びたいわけではない。かつてのバブル期のような振る舞いをいまだにしているのなら、それは批判されてしかるべきだろう。

 ただ、ほかの年齢や性別が相手ならためらうような言葉を、おじさんにだけ無配慮でぶつけていいとはならない。批判されるべきなのは、年齢でも服装でもなく、他人を傷つける具体的な言動のはずだ。

 その一言は「おじさん」を「おばさん」に置き換えても、同じように投稿できるだろうか。投稿ボタンを押す前に、一度だけ考えてみてほしい。おじさんだって傷つくことを忘れないでほしいのだ。