「見えていた記憶」に頼らず
「いま見えているもの」だけを描きたい

画材について少し詳しく説明したのにはワケがあります。
作品が「屋内」で描かれるのか、「屋外」で描かれるのかというのは、単に場所の違いだけではなく、もっと重要な意味を持っているからです。

そこでご覧いただきたいのが、《ルーアン大聖堂》より250年以上さかのぼった17世紀のフランス人画家クロード・ロラン(1600~1682年)による風景画です。夕暮れ時の水辺の風景が、じつに克明に描かれていますね。

【名画】モネの《ルーアン大聖堂》はどう生まれた? 画材の歴史から読み解くアートの革命《自然から学ぶ芸術家》クロード・ロラン、1639年、シンシナティ美術館、アメリカ

この絵には《自然から学ぶ芸術家》という題名がついています。その名のとおり、画面の手前には、材木の上に腰を下ろし、画板を手にスケッチをしている「芸術家」の姿が描き込まれています(あなたも確認してみてください)。

きっとロラン自身もまさにこの絵のなかの芸術家のように、自然の風景を忠実に写しとろうと励んでいたことでしょう。

しかし、「写実絵画の極み」にも見えるこの作品であっても、そこに描かれているのは「想像上の景色」です。
なぜならロランが活動したのは、チューブ入り絵の具が発明されるよりも、はるか前の時代だからです。

いくら画家が“自然から学び”ながら絵を描いても、それができるのはせいぜい屋外でのスケッチまでです。
それを抱えてアトリエに戻り、キャンバスに下絵を描き、絵の具をつくったりそれを混色したりするあいだには、少なからずの時間の経過があるはずです。
結局、画家が実際に油絵を描いていく段階では、かなり前に目にした風景の記憶を頼りにせざるを得ません。景色を脳内にとどめておく時間が長ければ長くなるほど、キャンバスに描き出されるかたちや色は、画家による再解釈や創作が加えられてしまうはずです。

つまり、たとえ画家がまるで意図していなかったとしても、このような制作方法を採っているかぎり、どんな風景画も「想像上の景色」になってしまうことは避けられません。

この事実に気がついたのが、クロード・モネでした。
モネは「想像上の景色」ではなく、目に映るありのままの光景、いわば「完全に写実的な景色」を描くことを目指しました。

そこで彼はキャンバスとチューブ入り絵の具を携えてアトリエから飛び出すと、野外の風景をその場で素早くキャンバスに描画しました。風景の記憶を脳内にとどめる時間が短ければ、自分が目にした光景をできるかぎり忠実に、そのままの姿で描写できると考えたのです。